Chapter 9 「知と暴慾の世界」
アチワはギラついた眼で、こちらを見ていた。
あの小汚い薄ら笑い。その全てが憎たらしい。どうにかならないものなのか。
「ウヒィッ、 ユミちゃんたら、なんて顔をしてるんだ。」
アチワは私のしかめ面を見て笑った。奴のその笑いは、とにかく不気味だ。粘り気があって、鼻が捻じ曲がりそうになる異臭が醸し出ているような、そんな笑いだ。
はっきり言って、気味が悪い。
「もう私の方からお前に話すことは何も無いの。ね? お願いだから早く死んで。」
「え? いきなり、ヒドくない、ヒドくないかユミちゃん。なんだよ、なんなんだよ、もう!」
「もう、とにかく死ねよ!このブス!!バカ!!!このドブスが!!!!もう、 てめぇに生きる価値なんかねぇんだよォ!!!!!!」
「えぇぇ… ねぇ、ねぇ、あの僕がさ、君に幾ら費やしたのか分かってて言ってるのかい? ねぇ? 分かってて言ってるんだよね? ねぇ、だとしたらおかしくないか?」
「おかしくもなにもねぇ!!! てめぇの私情なんかコッチは知ったこっちゃねぇんだよ!! とにかくお前ぇにはよォ、ウチから奪ったものすべてを今すぐに返してひしいんだよぉおおお!!!!」
「なんだよなんだよ、なんなんだよ。この前、一緒にナゴヤの映画館に連れて行ってあげたのに、あれは一体何なんだったよ。一緒にベイビードライバーを見たじゃないか。ねぇ、結局、あれは何なんだったんだよ。僕にとってはねぇ、あれは君に対する奉公のつもりだったんだよ? まさか君は、それすらも裏切るつもりなのかい?」
「は?? なんだよそれ、意味わかんねんよ。そんなもん憶えてるわけもねぇし、まずは、てめぇには謝らなきゃいけねぇもんが、まず沢山あるだろうがああッ!!」
「うーん、そうかもしれんけど、正直どうでもいいよねぇ…」
と言ってアチワは、突然背中に隠し持っていたバールを引き抜き、私の頭頂部目掛けて、真顔でそれを振り下ろしてきた。
ヤバい...
私は、間一髪のところで、なんとか自らの左腕で頭を守り、その攻撃を防いだ。
が、ベギッと音を立て、私の左腕は真っ二つに折られてしまった。
そして、ふと顔を上げてみると、そこには奇声を叫びながら地団太を踏む奇妙な道化と化した狂人が、私の目の前には現れた。
アチワ。その姿は、もはや同じ人間とは思えなかった。
再びこちらに襲い掛かってくるアチワ。しかし、その動きはとてもスロー。
私は左腕の痛みに耐えながらも、奴に見事な飛び蹴りを喰らわせた。
その蹴りは見事に奴の肺へと直撃し、奴の身体は一気に後方まで吹き飛んだ。
泡を吐きながらノタ打ち回る、哀れな無職の罪悪人。
そのあまりに見苦しい哀れさと、人を平気で犯し殺めることのできるその異常さに嫌気が指した私は、奴の握っていたバールを手に取り、死に逝く者に対して 早く楽にしてやるぞ 、と優しく話しかけるような素振りで、
私はアチワの頭蓋骨を木端微塵に破壊した。
頭部を失い、痙攣しながら地を這いつくばう、亡者となりし醜きアチワ。
私は争いの勝者として、その亡骸の上にドスリと深く座り込み、懐からは煙草を一本取り出した。
そして、煙草にライターで火をつけ、肺の奥まで届くように煙をよく吸い込んで、宿敵への勝利の余韻にどっぷりと浸る事にした。
そんな煙草の渇いた香りは私を虚構の世界へと誘い込み、全身の拘縮した筋肉を一気に弛緩し、緩ませた。
このとき、私はすっかり気を抜かし、図らずしも、こう呟いた。
「全てが憎い。」
つづく→