2019年ベストアルバム1: 100位〜76位
待っていただいた方本当に申し訳ありませんでした。
遅ればせながら2019年ベストアルバム、誰が全部読むのかわからんけど100枚です。後々になって振り返っても価値のある作品を選べたつもりです。長いけど全部に目を通してくれたら嬉しいな!
本稿公開現在、新型コロナウィルスが未だ治療法の確立されない中感染者が増える一方であり、各地で混乱と同時に公演のキャンセル等アート/エンターテイメント業界も大変な打撃を受けています。
とりあえず音楽に限って話をしても、主な収入源をライヴに置くアーティストと音源に置くアーティストがおりますが、まず前者を助ける策としては、一つでは無いと思いますがとりあえず簡単な一歩かつ実現したらもっとも効果的という事でふじもとさんのこのキャンペーンに共にご賛同頂けたらなと思います。
音源による収入の割合が大きいアーティストにとっても、公演中止は小さなダメージではありません。私自身がどちらかと言えばライヴハウスやクラブに足を運ぶよりもレコードにお金を使うタイプのリスナーなので、必然的にこのリストにも(収入割合としてはともかく)録音により意義を見出すアーティストの率が多くなっているかなと思います。
また現状は国内のニュースに目が行きがちで、こういう状況下にそうなってしまう事は決して悪い事とも思いませんが、ダメージは日本国内に留まりません。相次ぐ英語圏アーティストのアジアツアーの中止は、ファンやヴェニューのみならずアーティスト本人にも痛手であるわけです。
そんな様々な角度からダイレクトにダメージを受けたアーティスト、また…経済を回す事こそが至上の活動である、といった論調には率直に言ってあまり与したくないのですが、ある程度業界としてお金が回らないと文化的活動も立ち行かなくなるのが現実です。そういった状況下、普段YouTubeや定額制サブスクストリーミングをメインに音楽を聴いている方にも、サポートとしての意味も込め個別にお金を出して頂けたらな、という思いもあり、ストリーミング(Spotify)のほかアーティストを最もダイレクトに近い形でサポート出来るBandcamp、国内大手でのLPやCDといったフィジカル販売のリンクも(ある場合は)全ての作品に貼ってあります。
もちろんサポートとしてだけでなく、より高い音質で聴ける事や現在ではある種煩雑でさえあるフィジカルフォーマットであえて聴く体験、それらがシンプルにあなたにもたらすものも必ずあるはずです。
私が貼ったリンクから直接購入いただけることも嬉しいですが、外出自粛の波はアーティストを支えるもう一つのプラットフォーム、レコード店にも打撃を与えていると聞きます。このリストから気になった作品をピックアップし、実店舗であれオンラインであれ皆様それぞれの地元拠点のレコード店で購入していただければ、それもまた私としてもとても嬉しいですし、きっと現状に対する大きなサポートになると思います。
音楽を、文化を、どんな状況下でも絶やさぬように。その一助となれれば幸いです。
100. Folie - CyberGirl
ニューヨーク拠点らしいという事以外殆ど情報がわからなかった謎のアーティスト。
一聴してグルーヴ感覚がかなり独特に聴こえる。しかしそのグルーヴは、恐らくDAWでシーケンスが組まれていると思うのだがそのピアノロール上でのエディットでは無く、音色選びが独特な故に、MIDI発音タイミングがジャストであってもそれぞれのアタックにばらつきがある事に由来しているのでは無いだろうか。
その感覚は例えるならばNirvanaのギターフレーズが、鍵盤を中心とした音楽理論で考えるとかなりエキセントリックであっても、ギターのフレット上で定番リックからどのようにズラすかと考えると割とシンプルな発想に由来するとわかる、なんて事に近い。
少なくとも製作途中ではその副産物に自覚的になったと思うが、音色音響のエキセントリックさを追い求めるうちにグルーヴやメロディに関しても独自性が産まれたという事なのだろう。このFolieが音楽シーンにより強い影響力を持っていくようになれば面白い。意味深なアートワークのセンスも抜群。
99. Juu & G. Jee - New Luk Thung (นิวลูกทุ่ง)
曲者レーベルEm Recordsが送り出すタイの男声ラッパーJuuとその弟子である女声シンガーG. Jeeの連名作。stillichimiyaのYoung-Gが全面参加でstillichimiya全員のマイクリレーが聴ける曲もあり。
2019年ベストアルバム補完ミドルレビュー集1: Juu & G. Jee, Francesco Tristano, Benny Sings, Caroline Shaw, Lena Andersson, Deerhunter, OGRE YOU ASSHOLE
98. Anton Eger - Æ
ノルウェー系スウェーデン人ドラマー。レコーディングキャリアは15年に渡るがソロ作はこれが初。プロデュースは自身とPetter Eldhの共同。
現代ジャズと広義のクラブミュージックのクロスオーバーは最早珍しく無いが、例えばChris Daveの後ろにはJ Dillaが、Kamaal Williamsの後ろにはMoodymannが、というようにサンプリングを軸としてある種の土臭さを持ったプロデューサーのサウンドからのインスピレーションが多かったように思う。
一方このアントンはより機械的で未来志向だ。具体的に言えばテクノ文脈からのフィードバックを強く感じさせ、エフェクトが主張する楽曲でクレジットを見たらLive processingとあり、Basic Channelから連なるミニマル・ダブからの影響も感じられる。
そしてこのアルバムの面白さは、共同プロデューサーがベーシストであるドラマーのリーダー作でテクノに影響された作品、という体裁にも関わらず、要所要所で楽曲を引っ張るのがエレクトリック・ギターのMatt Calvertだという事。特に「Monolith」での高速アルペジオやカッティングを絶妙に使い分けてアンサンブルを駆動させる様は見事。その「Monolith」の他に「Oxford Supernova」なんて曲名もあるが、そこから察せるようにSci-Fi的意匠を纏っているのも魅力。
97. Jamila Woods - Legacy! Legacy!
2010年代に燦然と輝く名曲「Sunday Candy」の歌唱で知られる女声シンガー。
曲名はMiles DavisやMuddy Watersのようなミュージシャンからジャン・ミシェル・バスキアやフリーダ・カーロといった画家まで本人がインスピレーション源として挙げる偉人の名前をそのまま冠している。が、サウンドや歌詞におけるそれぞれの人物への接近具合はまちまちで、聴き手として特別深く意識せねばならぬものでは無いかもしれない。
基本的には軽妙だが誠実で良質なポップで、時に自らの若い頃と重ねつつだろう、思春期の少女をエンパワメントするような歌詞が特に良いものの、とりわけ強烈な何かがあるかと言えば微妙ではある。
ただ「Basquiat」は出色。ガレージサイケか!?と思わせる性急なベースに、ギターもそれっぽく入ってくるが、コード展開のメロウさやドラムパターンの変化が徐々にR&Bのテクスチャーに変化していく様が実に見事。サイケ・ロックとヒップホップ以降のR&Bの融合と言えば古くはThe NeptunesやOutkastにも遡れるが、大半のプロデュースを手掛けるSlot-Aはこの曲においてその辺りの懐古に陥らず2019年の最新形をきちんと提示していてベストワークと言えよう。フィーチャリングゲストSabaのラップも素晴らしい。
96. GOODMOODGOKU - GOODMOODGOKU
地元贔屓な私が今北海道で最も注目しているラッパー。かつてはGoku Greenという名で活動していた。近々のハイライトとしてはネオ・シティポップとも言うべきTAMTAMの18年傑作『Modernluv』収録曲「Esp」でのパフォーマンスが挙げられる。
単なるオートチューンとも典型的なプリズマイザーとも違うフワフワしたヴォーカル・エフェクトを伴い、恋愛の機微やそれと裏表な孤独感を歌う。
コード進行やサウンドにメロウネスがあってもチルに浸らせない攻撃性をトラックのどこかに必ず忍ばせており、ニューウェーヴやインダストリアルの影も見え隠れ。そして最終曲「Tomerarenai」では散々恋愛の駆け引きを歌ってきながら”目の前の君も幻想”しかし”とめられない”と歌いゾッとする狂気を垣間見せてアルバムを閉じる。
サウンド的にもリリック的にも振り切った先にはJPEGMAFIAのような世界観も待っているかもしれない。しかしこのヴォーカルエフェクトとフロウでより素直なチルとメロウに寄った作風もそれはそれで魅力的だろうとも思う。どう進むにせよ今後さらなる傑作が予想される超注目株。
95. O Terno - <atras/alem>
MPB(ざっくり言うとブラジルのロック)の若き才人Tim Bernardesが率いるバンドの初作。坂本慎太郎も参加。
The Beatlesの根っこから、彼らの作風や音色といった幹の部分をガッチリ捉えつつ、メンバー各々のソロ・ワークスや参加ミュージシャンの音の傾向といった枝葉に至るまで血肉化し尽くしたビートル・マニアな姿勢がキモ。
「All You Need Is Love」がフランス国歌の冒頭を用いている事に着想を得たであろう「Nada / Tudo」などロマン派的な軍楽とフラワー・ポップとフレンチ・ポップを繋げていて思わず笑ってしまう。
もちろんビートルズだけでなく、ブラジルの偉大な先人達の影も数多く感じられる。Caetano Veloso、Os Mutantes、Antonio Carlos Jobim、Arthur Verocai…一方でここ日本でも話題になった近年のブラジル作品、例えばAntonio LoureiroやRubelらと比較すると、サウンドのブラッシュアップは現代的なものの曲想そのものはわりと懐古的なのが気になると言えば気になるのだが、全ての水準が高い圧倒的な完成度に黙らされてしまう。
94. SUSS - High Line
ニューヨークのアンビエント系ジャム・バンド/アメリカーナ・バンド。
元も子もない言い方をしてしまえば、Grateful DeadやPink Floydからアンビエントとして機能する部分だけを抜き出したような音。前作はもう少しエレクトロニカ以降も知っているぞというアピールもあったが、今作はかなり割り切った面構え。かといって実際にデッドやフロイドからそういう部分を抜き出して編集してもこうはならない、というような個性は備えている。しかし重要なのは個性的か独自かよりもデッドやフロイド…もちろんこの2つだけが本作の要素ではなく、Miles DavisにVan Dyke Parks、パンク以降ならMy Bloody Valentine等の影響もあると思うが…とにかく、そんな音楽をサンプリング感覚で並べたものが生演奏前提に作曲され実際生演奏で録音されている、という事そのものが重要。The Avalanchesをそれ以前の独自性の尺度で測っても意味を為さないのと同じだ。
アイデアとして単純なようでいて意外と似た聴き味が見つからない。根拠の薄い類推になるが、メンバーが高齢なためアンビエントを意識といってもこの20年の感覚をそれほど深く掘ってはおらず、あくまで自分たちが若い頃のバンド感覚を軸にアンビエントを取り入れようという姿勢が、ジャンル内で似た雰囲気に陥りがちな人力テクノや人力ドラムンベース(もちろんそのアプローチが取られた作品にも素晴らしいものは幾つもあるが、傾向として)と同じ轍を踏む回避機能を図らずも果たしたのではないか。
93. Francesco Tristano - Tokyo Stories (2LP)
この異端のピアニストについて皆が皆知っているわけでも無いと思うが、彼のキャリアを思い入れ込みで紹介するとそれだけで文字数を食ってしまう。詳しくは補完レビューを読んで欲しいが、このピアニストのファンでもしもリリースを知らなかったならすぐ聴くべきだ。名前は知りつつもどこか歯がゆさを感じていたという層にもとりあえず聴いてみて欲しい。きっと驚きの声が上がるだろう。「退行だ!けしからん!」となるか「意外と面白い事するじゃない」となるかはともかく。
そもそもこの人誰?という向きには。音楽教育を受けて純然たるクラシカルを演奏する一方でCarl CraigやMoritz Von Oswaldとも共演しているテクノとクラシカルのハブ的ピアニスト。坂本龍一とも共演。
2019年ベストアルバム補完ミドルレビュー集1: Juu & G. Jee, Francesco Tristano, Benny Sings, Caroline Shaw, Lena Andersson, Deerhunter, OGRE YOU ASSHOLE
92. Men I Trust - Oncle Jazz
80年代クワイエット・ストーム系をチルウェイヴ以降のインディ・ポップ感覚で再解釈するカナダのバンド。
とにかく楽曲とヴォーカルEmma Proulxの陰りを帯びた声が良い。白眉は「Numb」。テンションコードを多用しながらもジャジーなシャープさでは無く憂いを含んだ暖かみを表現するコード進行、アタックが不明瞭でピッチも揺らいだ様がそのまま心象風景を描くシンセサイザー、露骨な表現を使わずセクシーさと哀しさを持ち合わせた歌詞…2019年にも数多生まれたポップスの名曲の中でも最上位に位置するとさえ言いたい。近い路線の「You Deserve This」も素晴らしいし、一転してロック的な無骨にシンプルなベースラインが引っ張る「Say Can You Hear」やアンビエント・フォークな「Something In Water」といった毛色の異なる曲もクオリティが高い。
ただ、その優れた楽曲群がアルバムとして線を結びきらない点が惜しい。インタールード的な曲を入れていたり先行曲はどれも”album version”としてヴォーカルの再録であったりミックスのやり直しをしているから、アルバムというフォーマットを単に曲を並べただけ以上のものとしては考えているのだろう、だろうからこそそれが結実していないのが尚更に惜しい。いずれこの高い楽曲水準を保ったままアルバムとしての流れもモノにした作品を聴きたい。
91. King Gizzard and The Lizard Wizard - Fishing For Fishies / Infest The Rats’ Nest
Fishing...: Spotify / Bandcamp / LP
Infest...: Spotify / Bandcamp / LP
英語圏のロックバンドが軒並み寡作化した10年代において驚異の多作家にして、しかめつらしいプロッグからメロウなソフト・ロックまでロックの範疇っぽければ何でもアリとばかりにコロコロと作風を変える奇才Stu Mackenzie率いるオーストラリアのロックバンド。
キャリアを通じて感じられる影響源は、そもそもの多作多芸ぶりとしてもギタープレイやリフメイクにおいても、また時に偽悪的なユーモアを交える点としてもFrank Zappaだろう。
2019年には2作リリース。当然のように作風は異なり、『Infest The Rats’ Nest』は爆走し咆哮しフロアを熱狂の渦に叩き込むスラッシュメタルを、『Fishing For Fishies』は軽妙かつグルーヴィーなボラン・ブギー(T. RexのMarc Bolan的スタイルの俗称)をそれぞれ軸にしている。
どちらも良質だが、選ぶならば”ブギー”という言葉からロックファンが想像するものを軸としつつも”ブギー・ファンク”や”エレクトロ・ブギー”にもユーモア混じりに手を広げた『Fishing For Fishies』か。しかしこのバンドの真骨頂は1作毎の出来不出来より次は何に転じるかを追いかけてこそ見える。まずはこの2作を聴き比べてほしい。
90. Benny Sings - City Pop
Spotify (別ver。下記参照) / Bandcamp / LP / LP+7"
“シティポップ・リバイバル”が始まる前、諸外国での評価が起きる前から日本人アーティストとも親交を持っていたオランダの男声SSW。
シティポップ・リバイバルがいよいよ終焉に向かいそうな2020年、最後の打ち上げ花火として最適な作品かもしれない。
2019年ベストアルバム補完ミドルレビュー集1: Juu & G. Jee, Francesco Tristano, Benny Sings, Caroline Shaw, Lena Andersson, Deerhunter, OGRE YOU ASSHOLE
89. Floating Spectrum - A Point Between
台湾出身ベルリン拠点のエレクトロニカプロデューサーのデビュー作。
クレジットを見ると、とある曲でMax/MSPで作られたシステムを使用しているとの表記がある。
Max/MSP(現行バージョンはMSPを落として単にMax)とは90年代後半から00年代にエレクトロニカやサウンドアートの領域を席巻したプログラミング言語だ。元来非常に自由度の高いものなので、その全盛期に使用を公言していたアーティストとは縁遠い音も制作可能でありリスナーは特定が困難な事、09年には(まさにそれまでのMaxユーザーとは縁遠かった)ヒップホップ界で人気のDAW、Ableton Liveに組み込まれた事等を考えると、ユーザー数自体が激減してはいないだろうが、00年代を知る者からすると「今更わざわざその使用をアピールするなんて…」との思いもある事だろう。率直に言えば、そんな思いを抱く者をもハッと驚かせる程革新的なサウンドに満ちている訳ではない。
しかし、そんな者でもこのFloating Spectrumという名前は覚えておいて損はないと断言しよう。オリジナル世代のエレクトロニカが情緒や物語を排してより純粋な表現技法の拡張を試みて積み上げてきたものを、タイトルからも察せられるSci-Fi的物語描写にウェイトを置いて表現した本作は、恐らくそう遠くないうちに訪れるエレクトロニカ・リバイバルとオリジナル世代の橋渡しとして再評価されるであろうからだ。
そのSci-Fi的表現は時にVangelisによる名盤『ブレードランナー』サントラの現代版アップデートとも思わせるし、冒頭で触れた"わざわざ"Max/MSP使用を表記した「Eruption」は圧巻で目を閉じれば『2001年宇宙の旅』スターゲート・シークエンスの如き極彩色の異空間が瞼の裏に浮かぶ。
88. Alon Mor - Lands of Delight
イスラエルの鬼才、3作目のフルアルバム。
クラシカルなメロディからフォーリー的なエフェクトまでホラー映画音楽からの影響を礎に据え、ArcaやAmnesia Scannerらのようなミュータント・エレクトロとトライバルなビートやスラッジ・メタルを結びつける暴力性が強く現れつつ、一方で非常に緻密かつ繊細でもある音作りに感嘆させられる。ゴシックとヴァイオレンスに浸かったMatthew Herbertというような趣もあり。
プログレッシヴ・ロック的な壮大な展開の中に無音や環境音さえも作曲に取り込む手腕も非常に巧みで映像喚起力が強い。尋常ならざるダイナミック・レンジで描かれる美しい暗く歪んだ幻想。
87. Friendship - Undercurrent
Sunn O)))のGreg Anderson主催による轟音ギターの名門レーベルSouthern Lordからリリースされた日本のハードコアバンド。
録音・ミックス・マスタリングと全てを委ねた原浩一のエンジニアリングでグッとグレードアップしたサウンドはいかにもハードコアなゴツゴツしたリフからドゥーム・メタル経由のシューゲイザー解釈的”音の壁”なサウンドまで切れ味を増した。演奏自体も単純にBPMを落とした楽曲/パートが増えたが、ブラストビートの部分でさえどこかストーナーやひいてはLed ZeppelinやBlack Sabbathのような初期ハードロック的雄大さを演出するリズムコントロールの向上がスケール感に繋がり、見事にワールドワイドな仕上がりになった傑作。
86. Bonniesongs - Energetic Mind
オーストラリアの女声SSWデビュー作。
なんだか英語圏ならどこにでもいそうな若者という風体のジャケだが、レーベルはインダストリアルやマスロックを多くリリースするArt As Catharsis。ああ、じゃあそこまでハードじゃないにしてもギターの人ね、なんて思って聴くと、冒頭はアカペラでミニマルな輪唱が徐々にアンビエントな響きを帯びる楽曲。えっそういう路線?と思うと、結局ギターの存在感は強まりザラついたハードコア上がりな音色に現代音楽的なストリングスが絡んでいく。で、そういうエッジーな人なのね、と思うと今度は不意に穏当にアコースティックSSWな楽曲がシレッと入ってくる。
意表を突く事にも固執していないからこそ生まれる意表がある。あちらこちらと振り回される事にだんだん快感が生まれる。バトル漫画のバカだから逆に強いキャラみたいな魅力がある(?)
85. Kryshe - Hauch / Continuum
Hauch: Spotify / Bandcamp
Continuum: Spotify / Bandcamp
トランペットを主としたマルチ・インストゥルメンタリストChristian Grotheのソロ・プロジェクト。
エレクトロニカを軸にECM文脈な現代ジャズとインディ・クラシカルとを行き来し、最終的な聴き味は内省的なSSWとアンビエントと映画音楽の交差点。サブベースの使い方が何かと話題になる昨今、このKrysheは映像喚起のツールのようにそれを使っているのが面白い。
2019年に2作出している。『Hauch』は統一されたトーンで霧に煙る森を彷徨い続けるような作品で、『Continuum』はタイトルに反しこちらの方がよりバラエティ豊かなアプローチが聴ける。どちらも良質。
84. CRZKNY - WHITE BOX
ガバ、ジューク、ハードコアテクノ等過激なダンス・ミュージックを横断する日本の鬼才プロデューサー、CRZKNYが2019年末に年内限定フリーDLでリリースした作品。
現在はBandcampで有償のDL販売すら無くブラウザ上のストリーミングが唯一の聴く手段になってしまっているが、それもそうだろうという大ネタ使いが色々あり…先に言っておくと、特に「W11」は爆笑必至である。
ディスコグラフィの正史的に位置付けられるであろうフィジカルリリースを伴った作品におけるコンセプチュアルな枠組みの拡張は本作には無いが、それ故フロアのオーディエンスを熱狂させるグルーヴ・メイカーとしての魅力はより伝わる仕上がりだ。今回はガバを基調として、ジュークの要素はスパイス程度。そこにハードミニマルやビッグビート、隠し味にドラムンベースやグライムも加えて出来上がったのは過激なダンスミュージックのフルコース。メインディッシュは「W07」〜「W08」の流れで2019年のあらゆるダンスミュージックアルバムの中でもハイライトに数えられるだろう。
前述サンプルネタ故に色々と難しさはあるだろうが、どうにか45回転12インチボックスが出ないものか…!
83. Caroline Shaw / Attacca Quartet - Orange
Kanye Westのオフィシャル・リミックスも手掛けるなどヒップホップシーンにも顔を出すピューリッツァー賞受賞のインディ・クラシカル作曲家。日本人メンバーも含む人種混成楽団Attacca Quartetの演奏に書き下ろし曲の全てを委ねた作品。
2019年ベストアルバム補完ミドルレビュー集1: Juu & G. Jee, Francesco Tristano, Benny Sings, Caroline Shaw, Lena Andersson, Deerhunter, OGRE YOU ASSHOLE
82. THE NOVEMBERS - ANGELS
Spotify / CD
ヴィジュアル系とNo Waveからの影響を結び付ける耽美的にして破壊的な日本のバンド。
本作のリリース時SNSではヴィジュアル系に対するシリアスな評価をという機運が高まった。お叱りも覚悟で言うと、V系ファン諸氏のお勧めを聴いても極私的にはヴィジュアル系というジャンル全体への印象を転覆する事は出来なかった。間違いなく面白いものはあり、全体を偏見で跳ね除けていた過去を反省せねばと思うには十分だったが… しかし裏を返すと、V系に対してそのような距離感であっても本作を楽しむのに支障は無い。
セルフネタバレめいた「Ghost Rider」カバーもあるようにSuicideからの影響は強く、オリンピックの前年に芸能山城組『AKIRA』サントラへのオマージュのような音を添え、My Bloody ValentineやRideといったシューゲイザー・ファン垂涎なリヴァーブの洪水が耽美の海へと聴手を誘う。
高橋幸宏ファンも反応しそうな80s耽美「Everything」と、どんどん暴力性を増すドラムサウンドが重いラッシュで圧倒する「DOWN TO HEAVEN」が両極にしてハイライト。
81. Dexter Story - Bahir
MadlibからKamasi Washingtonまでヒップホップと現代ジャズを横断するマルチ・インストゥルメンタリストがCarlos Ninoを共同プロデューサーに迎えた作品。Sudan ArchivesやZap MamaことMarie Daulneらもゲスト参加。
80年代終盤から90年代前半にブームになった所謂”ワールド・ミュージック”は、英語圏以外の音楽を全て一括にしてしまうようなあまりに雑なタームだが、そのブームの中から興味深い音楽が多数産まれたのも確かだ。Youssou N’Dourのように生地の伝統要素をロック/ポップス対応にアップデートさせた形にも素晴らしい作品はあるが、坂本龍一『Beauty』やPat Metheny『Still Life (Talking)』のように件のブームが出発点では無い作家が流れに乗じ、陳腐な言い方をすれば”音楽の世界旅行”とばかりに特定の地域に限定しない多くの伝統要素を集めた作品こそ今聴き直されるべきではないか。
そしてそんな感覚の最新版が本作と言える。中東から北アフリカを軸として、南米や欧州にも目配せすれば、ジャズやロックを”北米の民俗音楽の一種”と捉えるような形で取り込んでいるのも面白い。ジェンベにビリンバウ、流麗なストリングスにカリンバといった編成で織りなされる美しいインスト「Techawit」は開幕を告げる曲にして象徴でもある。
80. TOOL - Fear Inoculum
Spotify / CD+HD Screen / CD (Expanded Book Edition)
メタルとオルタナが拮抗していた90年代にその間のアプローチでもってプログレッシヴ・ロックを延命させたバンド、13年ぶりの復活作。
メタル、オルタナ、プロッグ、と並べると随分重厚そうに思えるし、サイズとしてもトータル80分超の尺に個々の楽曲も10分以上が過半数を占める。しかしその実本作の聴き味は意外なほど軽やか。
混み入ったカオスや壁のような音圧勝負を避け、整理されたアレンジと分離の良いミックス。人によってはメタルやプロッグのキモとも目されるであろうテクニカルなソロパートも抑え、いかにもなギターリフをミニマル・ミュージックとして再提示する。カリンバを絡ませる部分などはミニマリズムのインスピレーション源のひとつでもあるアフリカ大陸中央〜南部への目配せでもあるのだろう。合間合間に挟むシンセ主体のインストも効いている。ラスト「Mockingbeat」はmockingbirdのもじりで、鳥すなわちオリヴィエ・メシアンか。
初回盤は映像がプリセットされたHDスクリーンのメディアを、追加プレスでは3Dカードを同梱するといった視覚との一体性に拘ったリリース形態も非常に面白い。個人的にはこれがヴァイナルに落とし込まれるとどういう響きになるのかも気になるが…
79. Lena Andersson - Söder Mälarstrand
なんだか人名のような名義だが日本のKyokaとアイルランドのEomacによる国籍を超えたプロデューサー・デュオ。旧Raster-NotonのRasterからのリリース。そのレーベルを00年代の亡霊かのように見る人にも聴かせたい暴力的な快楽主義も見え隠れする作品。
2019年ベストアルバム補完ミドルレビュー集1: Juu & G. Jee, Francesco Tristano, Benny Sings, Caroline Shaw, Lena Andersson, Deerhunter, OGRE YOU ASSHOLE
78. Esperanza Spalding - 12 Little Spells
Q-Tipと組んでのR&B/ヒップホップへの接近、T. RexやDavid Bowieで知られるTony Viscontiと組んでのロックへの接近など多芸ぶりを披露してきた凄腕ベーシスト/ヴォーカリスト。今作はスピリチュアル・ジャズや現代音楽を下敷きにポップさよりも前衛の追求にフォーカス。
Review coming soon
77. Seb Wildblood - Sketches Of Transition
一部では”ドリーム・ハウス”などとも呼ばれているDJ/プロデューサーのフルアルバム2作目。
まあ、その”ドリーム・ハウス”という言葉はあまり広くは流通していないようだが、呼びたくなる気持ちはなんとなくわかる。Lo-Fi Hip Hopを前提としたような軽めのビートとノスタルジーを喚起するサウンドで、Vaporwaveが蒔いた種が遠くで開花した一例と見る事も出来よう。New Orderら英国ニューウェーヴからの影響も感じられ、バレアリックの最新型でもあるのかもしれない。
ビートがややハードに鳴るフロアに目配せしたような楽曲でもあくまでノスタルジーの中に留まり、それは一種の退廃では無いのかとも思うが、そこに自覚はあるのだろう。なにせジャケが寒々しい風景に佇む廃車なもので、思わずこれこそ”Nostalgia, Ultra”では、などと思ったりも…
76. おかもとえみ - gappy
フレンズというバンドでの活動や、EVISBEATSのトラックによるソロ・シングル、PARKGOLF作品への客演等近年のヒップホップとシティポップ・リバイバルのハブ的立ち位置でキャリアを積んできた女声シンガーの初フル・アルバム。
そのEVISBEATSやPARKGOLFとの再共演もあるが、制作布陣でトピカルなのは元キリンジ・堀込泰行が作曲を、プロデュースをKan Sanoが手掛けた「僕らtruth」だろう。2人の共通項であるジャジーなコード・プログレッションにポップな歌が乗る形はシティポップ的でもありつつ、オリジナル世代シティポップのアレンジに全くとらわれないエレクトロニックなサウンドは言わばポスト・シティポップ・リバイバルな様相で、2020年代前半の日本のポップスのヒントになる楽曲かもしれない。
個人的に推したいのは冒頭の「待つ人」。mabanuaの気怠いビートも良いが、”大人になっても変わんないな / 恋する気持ちはわかんないな”という身も蓋も無い歌詞がまるでサザンオールスターズ「ラチエン通りのシスター」の主人公がアラサーを迎えたようで妙にグッと来る。
2019年ベストアルバム2: 75位〜51位
2019年ベストアルバム3: 50位〜26位
2019年ベストアルバム4: 25位〜1位