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2022-11-27 登山道でマウンテンバイクと遭遇して思ったこと
昨日の山行での出来事です。
『秋の終わりの里山歩き(万寿山~権現山)』
先日、ヤマレコ日記で「登山道をマウンテンバイクで走る」内容の記事を読ませていただいて、私には縁遠いことと、思っていたかも知れません。
昨日のお山歩きで、休憩されてたマウンテンバイク2台とすれ違ったんです。『え?まさか?』頭の中が整理付きませんでした。
帰ってきて気持ちを落ち着けて考えてみました。保全と安全の面で一つずつ課題を感じました。
まずは保全の面です。
マウンテンバイクの彼らは金矢温泉の交流の森から入山したと思われ、走行跡から見ると数十メートル走ったようです。
ここで私が感情的になって勘違いしちゃいけないのが『マウンテンバイクで登山道』=悪ということ。
ちょっと脱線します。
岩手県と秋田県の分水嶺にある真昼岳では、バイク侵入禁止の看板があります。あの眺めの良いトレール、トライアルバイクなら進入できて楽しいことでしょう。
山登りを知らなかった、オフロードバイク乗りだった当時の私も、バイクで走ってみたい!と冒険心がフツフツと沸いてきた思い出があります。
25年前の、礼文島の登山道をレンタルスクーターで走った猛反省を活かして我慢しましたが。
振り返れば、私自身もそういうことをしてきた身です。地元の方や愛好家の方が大事に大事にしてきたことを、個人的な欲望で、色々と心配や迷惑掛けてきました。
そんな私が感じる問題点は、
以前の日記『山の危機。その「執念の報告書」。
でも学んだ通り、人の進入によってお山が荒れることなのかなと。
『ローインパクト』という言葉を、オフロードバイク乗りの先輩から教えてもらいました。
影響は最小限にするって意味です。少なからず、バイクで走れば自然にとって好ましくない影響が残ります。
山登りもそうです。少なからず影響を与えています。それを管理、修繕してくださる方がいるのも事実です。
自転車やバイク、一般常識的には、登山道は入っちゃいけないという認識が通例です。私も走るべきではないと思います。管理された、専用の、クローズドコースで楽しむべきと考えます。
一方で許可されている「歩行」は、それ自体も自然を痛める一因になっていることを認識しなければいけません。
「登らせてもらっている」意識、一人ひとりが持って行動できれば、もっとたくさんの人が幸せになれると思うんです。
次に安全の面です。
万寿山のトレールは、確かにマウンテンバイクでも走れる区間もありそうです。明確に禁止とは書いてないのですが、法的な規制は私は理解してません。
ただ木の根や、露出した岩で転倒する危険性もありますし、トレールの片側あるいは両側は斜面であったりします。
ソロの多い私は少なくとも、有事の際の装備は携行して登山しますが、怪我の程度が大きいと予測されるマウンテンバイクの場合は、安全面をどう考えているのかな。
まとめ
若さゆえの失敗は大事だと思う派です。でも命を落としたり、その後の人生で障害を残すような失敗はしてほしくない。
『まだ早いよ』『下手くそ!』って言ってくれるバイク屋のオヤジさんや仲間が懐かしい。
現代は、情報も道具も、誰でも顔を合わせずに手に入れられる時代。
登山道でマウンテンバイクを発見して、つい頭に血が上ったけど、私もそういうことをしてきたし、彼らもちょっとした好奇心から来てみただけなのかも知れない。ちゃんと話を聞くべきだったかな。
登山者が引き起こす問題も、ないわけでもない。バックカントリーやバリエーションルート。藪こき。悪いことではないと、思ってます。私もやります。
ただ、知っててやるのと、知らずに好奇心でやる、その違いとリスクは大きいなと、マウンテンバイクの彼らと、過去の私の振る舞いを振り返って、思ったことです。
登山道でマウンテンバイクを見て、それ違うんじゃないの?と思った私自身に対して、その認識の妥当性には、今でも迷いがあります。
現代は色んな考え方、生き方、楽しみ方があります。利害関係がありながらも、常に変わる環境の中でバランスを取って生きていますよね。
でも、お山だけは変わらないと思ってたけどな。時代の波かな。
道義的におかしいとか、モラルの問題でしょとか、人を責め始めると揉めますよね。
「お山にとって良い事」その考え方で行動できれば、きっともっと良くなるはず。
それは誰かが作ってくれるルールとか、影響力や権限を持つ団体とかじゃなくて、本当に一人ひとりの理解なんだと思う。
そこだけブレずにいる私でいたい。
そう思えた出来事でした。