見出し画像

ノンアル・ビアハンター #禁酒時代のヒール / いわて蔵ビール

本家「禁酒法」に思いを馳せつつも(?)、世嬉の一酒造・いわて蔵ビール「禁酒時代のヒール」を飲みました、という話。

緊急事態宣言が延長になった。対象地域では、飲食店でお酒が飲める日も、まだ先になってしまった。

今回の酒類提供制限が発表された当初、この措置を「禁酒法」として批判・揶揄する声が多く見られた。20世紀初頭、米国で実施された規制を念頭にしてのことだ。酒類の販売が飲食店・小売を問わず禁じられ、結果として密造密売の横行によってアル・カポネら大物ギャングの台頭を招いたその時代については、日本でも歴史関係の読み物や創作物等を通じて知られている。

禁酒法は米国における「禁酒運動」の成果だ。敬虔なキリスト教宗派の実践活動、産業革命の歪みに対する社会改善運動を背景に、19世紀には各国で禁酒を求める社会的機運が高まっていった。米国でも「禁酒派(ドライ)」「反禁酒派(ウェット)」の議論が勃発し、世紀の半ばには一部の州で独自に酒販・酒の提供を禁じる法案が成立する。

やがて、禁酒党や女性キリスト教徒禁酒連合といった団体も設立された。後者の急先鋒として、石塊や斧(!)で物理的に酒場を破壊して回ったキャリー・ネイションの活動は伝説的だ。今から見ると過剰さが一種滑稽に映るが、社会保障や健康・福祉に関する諸制度も未発達な時代、それだけ飲酒の弊害が深刻に捉えられていた、ということでもある

最終的にはウィルソン大統領時代、憲法修正第18条(1917年上院可決、1920年施行)、ボルステッド法(国家禁酒法、1919年可決)によって、0.5%以上のアルコールを含む飲料全てについて製造・販売・輸送が制限された。

よく知られている通り、禁酒法は密造・密輸・密売とそこから利益を得たギャングの隆盛、質の低い密造酒による健康被害といった負の影響が大きかった。また、一部富裕層による欧州・カリブ地域への飲酒旅行も流行したそうだ(いつの時代も金持ちは...)。結果的にルーズヴェルト大統領時代の1933年、憲法修正21条により禁酒法は撤廃される。以降、アルコール規制は州に委ねられ、一部の州を除いて合法的にお酒が飲める時代が戻ってきた。

一説には禁酒法以前に存在した1700箇所のブルワリーのうち、醸造再解禁の前後までに1500箇所が廃業したとも言われ、ビール業界では再編が進行した。ホームブルーイングも禁止の対象となり、業者の中には、生き残りの手段として販売されていた麦芽シロップに、ご丁寧にも「酵母と水を入れるとビールになるため注意」なる但し書きを付けて販売したところもあったそうだ(何だか某国の「1%以下でお造りください」的ホームブリューキットを想起させる)。

禁酒法解除以降もビールの自家醸造禁止は続き、解除はカーター大統領の1979年。解禁されたホームブリューは、クラフトビール・ムーブメントの原動力となる。

ちなみに、既に国際的メーカーとなっていたギネスは米国市場の喪失を受けて、他の地域では従来の方針を転換して広告宣伝を開始、有名な動物イラストの広告展開に繋がった。

はっきり言って、今回の緊急事態宣言に伴う飲食店への酒類提供「自粛」要請と米国の禁酒法は全く別物であり、「禁酒法」揶揄は本質において言葉遊びにすぎない。しかし「禁止によって、危険な密造酒が横行する等かえって健康被害を発生させてしまった」「一部の先導者による運動の結果であるが、多くの人々は法案を支持しておらず、民主主義に反する事態となった(1926年時点の法案支持は20%未満)」等、どうやら現在の状況を示唆するように思える...そんな側面も否めない。

毎度ながら愚痴めいてしまったが、美味しい飲み物は楽しく飲まれなくてはならない。

今回の事態をうけて、岩手県は一関、世嬉の一酒造から緊急発売されたのが「禁酒時代のヒール」。数々の受賞で名高いクラフトビール「いわて蔵ビール」ブランドを擁する同社が送る、ペールエールスタイルのノンアルコールビール。リリース文は下記。

当社で今まで外に出していなかったノンアルコールビールを主に業務用として出荷することにしました。現在、多くの飲食店で酒類提供自粛を余儀なくされています。そんな中でも、ランチ時間に楽しめる、ノンアルコールクラフトビールをご提供します。

主に業務用での提供ということだが、嬉しいことに通販でも購入できます。

禁酒時代のヒール / いわて蔵ビール(世嬉の一酒造)

まずはラベルだ。有名な禁酒法時代のモノクロ写真(当局立ち会いのもと、密造酒が下水道に破棄されるところらしい)を、ポスト印象派チックに加工した画像。ビールではなく「ヒール」なる名称も相まって、皮肉めいていて小気味いい。

液色は明るめのゴールド。鼻を近づけると、草っぽさと麦汁らしさの混じった優しい香りが上ってくる。リリースによるとペールモルトをベースに使っているとのこと。口に含むと、モルトの穀物感に加えて、シトラホップ由来だろうか、若草、甘めの柑橘を想起するフルーティな風味も感じる。ビタネスと炭酸は大人しめ。

印象的だったのはボディ感。りんご、レモンの果汁が使用されており、モルトとともに、舌に沁みて徐々に消えるような、しっとりとした甘味を形成している。ペタペタした表面的な甘さではなく、何というか、味に立体感がある。美味しくてオーガニックなものを飲んでいる感覚。

こういう表現は「逃げ」にも思えてしまうが、一般のノンアルコールビールのビール的方向性からは(ペールエールスタイルということを考慮しても)離れていて、独立した美味しい飲料として確立しているようにも感じる。

これが「ヒール」だとすれば、反則攻撃や暴言連発を旨とするコテコテの悪役レスラーではなく、オカダカズチカ加入頃の初期ケイオスのようなスタイリッシュ系ヒールだ(いきなりプロレスの話でごめんなさい)。岩手といえば「みちのくプロレス」、ザ・グレート・サスケやTAKAみちのくのような、クセ強世界観レスラーの名門だが、そういう濃厚さともまた全然違っているような。

やや脱線したが、文句なしに美味しいと思った。「国の酒類提供自粛期間に販売します」とのことだが、個人的な希望としては是非継続的に売ってほしいと感じる。とりあえず当面は...延長のおかげ等とは決して言いたくもないが、自宅で飲む分には同社の他銘柄と一緒に、どんどん頼めば良いわけだ。「いわて蔵」、有名な数種類しか飲めていないので、これを機に他のスタイルも試してみようか。

ちなみに世嬉の一酒造の創業は1918年、米国の本家禁酒法が施行されるよりも前のこと。そういう会社が「禁酒時代」への含みを持たせた一本、その事実だけでも、何ともまあ、凄みめいたものすら感じてしまう...。

あんまり関係ない話。

阪神の佐藤選手が止まらない。我が竜軍の根尾くんも、あれくらいやってほしいなぁ。

以上

参考:
『ギネスの哲学―地域を愛し、世界から愛される企業の250年』S・マンスフィールド、2012、英治出版
『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』S・ヒンディ、2015、DU BOOKS

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?