着飾る女性はこの花ひとつほどにも。。
これはマタイによる福音書の一節で「栄華を極めたソロモンでさえこの花ひとつほどにも着飾っていなかった」と人間の煩悩を批判したものだ。有名なので知っている人も多いと思う。
綺麗に着飾る街の人を見て、この一節を思い出した。彼女たちも服を脱がし、髪の毛をそり、メイクを落としてしまえば、そこにあるのはタンパク質と水でできた人間だけが存在する。
しかし裸になれば差がなくなるかというと逆で、最も本質的な差が顕著になる。背の高さ、容姿、性格、知性、センス。
これは、綺麗に着飾っている人でも裸にしてしまえば芋っぽい女と同じ、むしろ誤魔化せないから見劣ってしまう、という意味ではない。誤魔化しているかどうかに関わらず、人工的に変えられない差、生まれ変わらなければ越えられないハードルがある。
努力して変えられない価値にこそ本当の美しさがあるように感じる。着飾っても、お金があっても、英語が喋れても、無理矢理友達を増やしても、決してあなたは「彼女」にはなれない。
もし私が妬みを買う側だったとしたら、そうした本質的価値を持たざるものにはなんというだろう。
足を知る
置かれた場所で咲く
🐈❤️