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優雅な太陽系紀行

 僕はどこから間違えたのだろうか。小惑星の採掘任務が終わった後。時間があるからといって帰投せずにふらついていたところだろうか。宇宙船の通信機のメンテナンスを怠ったところからだろうか。予備の燃料や酸素ボンベを多めに積んでおけばよかった。外勤の任務に志願しなければよかった。ステーション内部のメンテナンスでもやっておけばよかったんだ。採掘任務用の不格好な〈ハウラー級スペースシップ〉じゃなくてわざわざ燃料の積載量が低いレジャー用の〈ソードフィッシュⅡ型セーリングスペースシップ〉を選んだからだろうか。そもそも二十歳の誕生日祝いにこの船を選んだのが間違っていた。宇宙船の免許なんかとらなければ……。
 考えるのはよそう。僕はどうせ死ぬのだ。
 宇宙船の窓から後方を振り返ると僕の家〈太陽系内宇宙ステーションⅦバンチ〉が見える。おじいちゃんのおじいちゃんの世代から僕の家族が暮らしていた家がずんずん離れていく。それもこれもクソッタレな慣性のせいだ。エンジンを逆噴射すれば解決するのに燃料タンクの針は0を指示したままだ。
 右手(宇宙に方角はないが)に月が見える。せめて月の重力圏に引っかかって墜落すれば――運が良ければ月面都市の住人に救助されるかもしれないし、そうでなくても今よりましな死に方ができる。残念ながら僕がまっすぐ突っ込んでいるのは地球――母なる太陽系第三クソッタレだ。地球だぞ⁉︎せいぜい二十一世紀人共が捨てた人工衛星にぶつかって、粉々に砕けて宇宙空間に投げ出されるか、大気圏で焼け死ぬか、運よく大気圏を突破して地表にたどり着いても毒性の大気を吸ってゲロまみれで病死するかだ。僕は死ぬときは宇宙ステーションの狭くて快適なコフィンの中だと決めてるんだ。宇宙も惑星も広すぎる。人類は宇宙に出るべきじゃなかったんだ。狭い世界に閉じこもって平和に暮らすべきだったんだ。
 ああ、酸素が無くなってきた。

あとがき

この小説は二〇一八年ごろに出したやつです。元々絵ありきで合うような文章をあとから考えたんだったと思います。ちょうどゲームの「NO MANS SKY」(神ゲーです)にはまってて宇宙船が描きたかったんですよね。小説の方は製本する前日に一晩で書いたやつですが割と気に入ってます。

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矢持奎
文章など書きます。