しにたい

死にたいという4文字がここ半年ずっと続いている。死にたいというより生きていたくないのだ。
私の周りにいる私を明るくしてくれる人達はみんな愛を知っていて、家族仲もよかった人ばかりで、それにより彼らは与える愛を知っているのだが、
私はそうではないから、歪な形で愛を返す他なく、それが非常につらくて恥ずかしくて、今ある彼らとの絆のようなものが希薄になったときのことを考えると
これからの人生を私が1人で生きていくのはとてつもなく恐ろしくて悲しくて今死にたくなってしまう。

生まれたいと願った覚えはないし、周りから言いやすい人という扱いを受けるのも私が望んだことではないし、
自分たちの中の勝手な理想の私を生きている私に押し付けてきて、涙をこぼせば気にするなよと言われる。
気にすること、悲しくなることを言ってきたのはそっちなのに、何で言われた私が自分の心を変えなくてはいけないのか。

SNSでよく見る幸せになるには…という言葉たちにどれほどの力があるんだろう。
私が思う幸せは明日のこと、1週間後のこと、来月のこと、来年のことを考えなくてぐっすり眠れることなのに。
太陽の光もいらないし、人からの愛ももう欲しいと思わないようにするから、仏様のような穏やかな気持ちがほしい。
その気持ちをもつにはこの現実、毎日はあまりにも刺々しすぎて私の体では太刀打ちができない。

死にたいと思いながら生きていることを、誰かにわかってもらえたら少しは生きようと思えるのか?
死にたい気持ちに反してやらなくちゃいけないことが多すぎて、脳が悲鳴を上げている気がする。
それなのに人と関わることをやめられず、開き直ることもできず、そんな自分が恥ずかしくて、死にたいと言いながら痛い思いはしたくなく
そんなわがままを抱いているから業みたいなもので生きていかなきゃいけないのかもしれない。
今日も死にたい一日を過ごさなきゃいけない


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