障害年金、下から見るか、横から見るか。後編
おはこんにちばんは。
満を持して持しまくって待望の続編。
みんな、ただいま(超絶イケボ
1.前回のラブライブ!
↑前編はこつらから。
約一ヶ月ぶりに目を通しましたが、これは読んでも読まなくても大丈夫ですね。
『前作見てなくても全然楽しめるから!』って
絶対見てたほうが面白いやん!!
バリバリ伏線張ってたんやんけ!!
ってならないタイプのやつです。ご安心を。
むしろ『時間返せや!』ってなっちゃう可能性もあるので出来れば読まないで下さい(じゃあ貼るな)
簡単におさらい。
いよいよまじで前編読まなくていいじゃん(いいじゃん)
・厚生年金未加入なので3級は受給できない
・主治医曰く『2級は通らないかもしれない』
等級?を決める《障害の程度》については
前回記事に画像はっつけてます(結局読ませるんかい)
2.お金の管理できる?家事できる?ダンベル何キロ持てる?
お願いマッスル。
障害年金のことを改めて相談したところ、
わりとメインで聞かれたのは《お金の管理》について。
・自分のお金を自身で管理できているか
・適切な買い物ができるか
・銀行やATMでの引き出しや振り込みが適切にできるか
主にこんな感じ。
あと聞かれたのは簡単な家事を自分ひとりで出来るか、日常生活で何に困ってるか、とかだった気がする。
まだ薬が安定していない昨年末頃までは、
鬱状態の時だと
洗濯物を10日間ほど溜め込んでしまったり、掃除機もう2週間かけてねーきったねーって感じでした。本当にお恥ずかしい。
今は激重鬱が稀にしかあらわれないので、
うつ状態でも3日に1回は洗濯を回して掃除機をかけるように努めています。極力。
ひどくても1週間以上空くことは無い。
料理はわりと好きな部類なのですが、
《買い物に行けない》のでそもそも食材が無い、という時期が時々あります。
錬金術でもない限り、0からは何も生まれない…
そんな時は仕事帰りの相方氏に、コンビニやらお弁当屋さんで晩ごはんを買ってきてもらいます。
お金が勿体ないので、基本100円ちょいのおにぎりを所望する。それでも勿体ないけど…っ
つまり、《しんどい→買い物行けない→ご飯作れない→勿体ないからちゃんとしたご飯食べない→しんどい》以下無限ループ。
時々相方氏が『ちゃんと食べなさい!』っで+αで味付ゆで卵とか買ってきてくれる。
コンビニの味付ゆで卵が好きすぎる民。卵は良質なタンパク質。
子どもの頃は口酸っぱく『梅干しと卵は1日1個!』って言われてたけど、卵って食べすぎなければ大丈夫らしいですね(適当)。
梅干しは塩分バーヤイなのでその方が良いと思うけど。
豚肉1日7000キロ、卵1日5万個、鶏肉3000キロ、餃子1日100万個。
食は万里を越える。(王将のCMって関西圏でしか流れてないのかしら、伝われ〜〜)
3.子どもの頃から趣味は節約・倹約
埋め込みの仕方が分かったので無駄に使うぜっ!!
以前書いた通り、私は軽躁だろうとなんだろうと
サイフの紐をゆるめることはありません。
でも、家族や友人など、自分の好きな人へのプレゼントや付き合いなどには惜しみなく使いたい。
(今の経済状況ではそれもちょっと抑えないといけないのが情けない)
とにかく自分にお金をかけない。
今でも鮮明に覚えているのが、
小学生の頃、雑貨屋さんでピンクの象のちゃっちいホワイトボード(800円前後)を、かわいいなーって見ていたら
『欲しいんか?』とオカンが買ってくれました。
でも後になって、『よお考えたらこんなん全然実用性ないやん、お金無駄にしてしまった』と、
ピンクの象さんを見るたびにオカンに申し訳なくなり、しばらく引きずってました。
あとはキャバ嬢時代、あまりにも服や美容にお金をかけない私を見かねてか、
店長に『休みあげるから20万ぐらい使ってこい』と言われたこともあります。
お金を貯めるために働いてるのになんで使わなあかんのじゃ!と、勿論断りました。
そんなこんなでとにかく貧乏性が染み付いているので、お金の管理はしっかり出来ているんですよね。それに関しては余裕でクリア。
ただ、公的?な支払いはよく分からない(これが1番まずい)
でもそれは多分面倒くさがりなだけで病気は関係無いし…。
4.祖父の記憶
躁状態でお金を管理できない・散財する、という症状があるのは、子供の頃から間近に見てきたので、
それが障害の程度の基準となるのはよく分かります。
私の祖父は双極性障害Ⅰ型でした。
はっきり聞かされたのは亡くなってからですが、なんとなく病気なんだろうな、とは感じていました。
鬱と躁のサイクルの周期がわりとはっきりしていて、本当に同一人物なのか?と疑うほどだったから。
Ⅰ型なので特に躁状態がかなり酷かった。
鮮明に覚えているのは、
お金は祖母がすべて管理していたので、なんと最終手段として500円玉貯金箱を解体していた。
そして祖母にしこたま怒られていた。
母の話によると、いきなり車を買ってきたこともあったらしい。結局返したそうですが。
以下、ちらっとしか齧ってないので間違いがあればすみません。
心理学や精神保健福祉の歴史は、本当に浅い。
今でいうところの精神障害者は、
《私宅監置》といって人目につかないよう座敷牢に入れられ、生涯そこから出られることは無かった。
恐ろしいのが昭和25年に禁止されるまで、国がこれを認めていたということ。
それ以降も続いていた、という話も聞く。
また、約20年前まで、統合失調症は《精神分裂病》なんて名前がつけられていた。
まだまだ周囲の理解が無い中、祖父はとても苦しかっただろう。苦しいなんて生ぬるい言葉では言い表せないけど。
発症は定年退職してからだが、発覚していなかっただけで恐らく兆候はあったのでは、と勝手に思っている。
だから、私は未だどこかで自分の病気を認められずにいる。
祖父はあんなに苦しんでいたのに、この程度の症状で病気なんて言っていいのだろうか。ただの甘えだ。
障害年金の申請を迷っているのも
どうせ2級は通らないだろうという見解も勿論あるけど、
祖父のことを考えると
本当に苦しい人以外はもらってはいけないのでは、
と考えてしまうからかもしれない。
5.そして、最終章へ…
思いがけず祖父のことを書いてしまって、話がかなり逸れてしまいました。
おじいちゃん、勝手にごめんなさい。
超絶優しい人だったので、きっと許してくれると思う。今度実家帰ったときに改めて謝ります。
最新の診察にて、
障害年金についての話は一旦区切りがついたので、また書けたら。
でも最終章、蛇足になる予感しかしないZE☆
晩御飯を作る予定の時間、大幅に過ぎているので
とりあえず雑にあでゅー!!
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