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ゲームを楽しむと言う事


いつの時代も老若男女問わず楽しめるのがビデオゲーム(TVゲーム)の良さだと思っているんですが、楽しみ方は人それぞれありますよね。
アクションやシューティングでアドレナリンどばぁー!を楽しむ方、RPGでキャラクターに自己投影してフィクションを楽しむ方、シミュレーションで知恵を絞って壁を乗り越えるのを楽しむ方、そんな感じでたくさんの楽しみがある。

私自身もそうですが、ゲームの出会いには数十年経っても遊び続ける作品もありますし、遊んだことさえ忘れている作品もある。
いずれにしても遊んでいる当時は高い熱量を持ってゲームを楽しんでいる事がほとんどです。

ところで皆さん、はまり道と言う漫画をご存知でしょうか?
かつてファミ通(だっけ?)に掲載されていた吉田戦車さんのファミコン漫画です。

これは私物の単行本の表紙なんですが面白いんですよ、これ。
帯にも書かれてますが、登場人物が全て吉田戦車テイストになっていて、原作のイメージがない(壊れてる)んですよねw

で、その中にこんな話があります。
下記参照↓

これね、最近でもないんだけど全く同じ現象が私にもありまして。
ゲームを遊びたい。
でも面倒臭い。
でも遊びたい、楽しみたい。
でも面倒臭い…

っていうどこにぶつけたらいいのか分からない感情が出てきまして。
吉田戦車さんはこの当時30手前くらいの歳だったかと思いますがこの時ってファミコンからスーファミになってたくらいの時期なんですね。
PCエンジンにはCD-ROM2が出てきたかな。
容量が増えて遊べる幅が出来てプレイ時間が長くなり始めた…
そんな時期であったかと思います。
私はまだ中学生でしたので、とにかく家庭で遊べるゲームのクオリティが上がる喜びと楽しみしかありませんでした。

でもスーファミになってコントローラーのボタンが増えた、容量が増えた事でプレイ時間が延びた、要は覚える事や身につける技術が増えてゲームに割く時間をより多く作らなければいけなくなった…
と言う事でもあります。

義務教育生であった私と仕事人であった吉田戦車さんにはゲームに対する向き合い方がまるで違っていたのでしょう。
それは置かれている環境にもよりますが「自由時間の確保」がとても難しいからです。
社会人として働いている今だからこそ私も当時の吉田戦車さんと同じ気持ちになっているのかなとも思います。
ゲームは好き、遊びたい。
でも面倒臭い(時間がうまく取れない)。
子供の時は好きに過ごして良かった時間も、今は家族の為とか顧客のためとかどうしても割かなければいけない時間がある。
あと今のゲーム、クリアまで長すぎ!!
100時間かけないとクリア出来ないとか何なんでしょうね。
これは昭和のゲーム黎明期を過ごしたおっさんの意見でしかない可能性もありますが、とにかくゲームしてて疲れるし、長すぎてストーリー覚えてられないし、覚える事多すぎるし(←これは私がおバカなだけ)。

多分こう言うのが積もり積もって面倒臭いと言う感情になるんでしょうね。
ですが長くても遊んだゲームは沢山あるんですよ。
天外魔境2とかグランディアとかドラクエ11とか…
分かりやすいのでRPGばかりで例えてしまいましたが、物語に引き込まれてしまえば長くてもちゃんと楽しんで最後まで遊べます。
天外魔境2は今やるとボイススキップ欲しいなとは思いますがw
グランディア、ドラクエ11も最高でした!

ゲームの楽しみはボリュームとか映像とかやれる事の多様性とかじゃなくて、もっと違うところにあるんでしょうね。
私はゲーム研究者じゃないから言語化は出来ませんが、面白い!と感じるインスピレーションが自分にとって大事なんかなと。
だから80年あたりのゲームに今でも惹かれるのでしょう。

面倒臭いのにやりたい!ってのはある意味中毒状態だとも思いますが、それくらい楽しいコンテンツであると言えます。
でもどこかで面倒臭いと思っているから節度を守れるのかも…?
ゲームはハマりすぎたらただの毒にしかなりませんからね。

最初に書いたように楽しみ方は人それぞれ。
やらなくても安心なゲームを求めるのも今の自分には凄くわかる!
だから積みゲーと言うものが増えている可能性が…?

程よく楽しくゲームライフを送りたいものですね。
ゲームのはまり道に迷い込まないようご注意を…

今日もありがとうございました!

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