いわきFC 走りの革命 2章
先日のプレーオフをもってJ2の全試合が終了しました。
いわきFCとして初めてのJ2への挑戦。
全42節を終え、18位という結果でした。
田村監督も何度も話していた、誰一人この結果に満足していない。僕もその一人です。
昨年、初めてJリーグチームの一人になり、Jリーグ初挑戦でJ3を優勝しました。正直、この勢いのままJ2の舞台でも魂の息吹くフットボールを披露できると信じてきました。現実、こんなにもJ2という舞台が厳しく、レベルの差を痛感するとは思ってもいませんでした。
1.スプリントトレーニング第2章
J3のシーズン僕が取り組んできたアプローチ。
ここにも書いてある通り、僕が取り組んできた走りの革命へのアプローチの根本は「正しい走り方」を身につけることでした。
最高速度を上げる、走行距離を伸ばす、初速を速くする、怪我をなくす。やるべきことはたくさんありました。ただ、トレーニングの時間も限られている中でとにかく基礎作りから徹底的に取り組んできました。
思うようにいかない、習得に時間がかかる時もありました。それでもブレずにあれもやりたい、これもやりたいを我慢して基礎作りにこだわってきた1年でした。成果は少しづつ現れ始め、最終的には全選手の最高速度の更新を達成することができました。
いよいよJ2で戦う一年。
新加入のメンバーには引き続き走りの基礎作り。スプリントレーニング2年目の選手たちには更なる進化が必要です。僕が目指すスプリントトレーニング第2章。それは運動生理学に目を向けたトレーニングの導入でした。
これまで僕が取り組んできたアプローチは何度も言うように「動作の改善」です。誤ったシュートフォームでいくらトレーニングしても強いシュートが蹴れないのと同様に、正しい走りを身につけないまま走り込んでも、スピードが出ない、足が攣りやすい、怪我をするといった根本の課題は改善しにくくなってしまいます。
正しい形が身につけば、走る練習に更に意味をもたせることができます。ここからがポイントでただ闇雲に走ってもただの走り込みになってしまいます。サッカー界には昔から定着しているトレーニングがいくつか見受けられます。
「センパチ」と呼ばれる1000m×8。
なぜこの距離と本数なのか。選手やコーチになぜこの距離と本数なのかを聞いても説明できる人は誰もいませんでした。陸上界にも同じような練習はたくさんあります。なぜ?どうして?このトレーニングは何につながるのか?僕が選手ならここを説明してほしい。もちろん絶対に100%効くよ!というトレーニングなんてないことは理解しています。ただ、選手目線だと、せめてこのトレーニングをやる明確な「目的」を知りたいです。
何メートルを何本何セット。休憩時間は何分。
それはなぜなのか?陸上選手だった僕はとにかくなぜ?どうして?なんのために?をとにかく意識してトレーニング、コーチングしてきたつもりです。
いわきFCの渡辺匠コーチともコーチングの話はよくさせてもらっています。匠さんも現役時代に「見ろよ!」と指示を受けても、「見てるよ」と。どこを見ればいいかを教えてほしいと。
そんなこと言われなくてもプロなら理解しろよは違うと思います。我々コーチは選手を成長させないといけない存在です。何回言っても分からないをどうやったら理解してもらえるのか。寄り添い続けないといけない。
匠さんも横浜FCとの復興支援マッチの後に
とコメントしていて、強く共感しました。
シーズンオフの期間に、こういった運動生理学やこれまで僕自身が陸上選手として培ってきた経験、最先端の論文等々を参考にメニューとプレゼン資料を作成し、当時いわきFCの監督だった村主さんに送って確認してもらいました。
今でも忘れられない村主さんの言葉。
「オフでも24時間営業しているのでいつでも連絡ください」
僕の考えを送った後の返信も村主さん自身がサッカーにおける運動生理学についてとんでもなく勉強しているんだなと驚かされるぐらいの内容でした。オフから新しく導入を開始したスプリントトレーニング第2章の始まりでした。
2.誤算
シーズン開幕戦以降、選手の怪我が増えてきたなと感じる瞬間がいくつかありました。J3の時にはあまり見受けられなかった、選手との接触系の怪我。試合全体の強度は高まり、コンタクト時の予期せぬ怪我が目立ちました。
これは完全に僕の責任ですが、自爆系の怪我も目立ちました。動作の改善が追いつかず、疲労した状態のフルスプリント時に起きる怪我。特に新加入の選手に見られ、動作の改善が追いつかない自分自身のコーチング力の大きな課題となりました。
これまで週に1回の試合が当たり前だったのが、週に2回の試合。移動も含めると選手の疲労度も当然高まっていきます。昨年まで当たり前のように行ってきたスプリントトレーニングの導入のタイミングも難しい。リカバリーを優先せざるを得ない。初めての経験ということもあったので、どれが正解なのかも判断しにくい。そんな毎日でした。
どんなに積み上げても継続したトレーニングや負荷をかけなければ成果に直結しにくい。サッカーは様々な要素が絡むだけにトレーニングのバランスの難しさを学びました。
試合に勝てない。これまで味わったことのない雰囲気や空気感。いわきFCに関わるすべての人がそう感じていたかもしれません。以前もnoteに書きました。
絶対に意味がある。絶対に次に生かす。
そう思い続けていた矢先のことでした。
村主さんの監督解任。
朝いつも通りスタッフルームに入りました。いつも電気がついている監督室が暗かった。その瞬間急に心拍数が上がっていったのを覚えています。ミーティングの時間になっても村主さんが来ない。大倉社長がその後、スタッフルームに入り一言。村主さんの解任を僕はそこで知りました。その瞬間はもうなんか信じられなくて涙が止まらなかったです。最後に挨拶を選手スタッフにするかと大倉社長は村主さんに聞いたところ。しないと断ったそうです。これがプロの世界だと選手に理解させてあげてほしいと。僕にとって初めての「監督」が村主さんでした。厳しさ、優しさ、勝負への拘り、プロとして戦うための基準、我々スタッフも村主さんからたくさんのことを学びました。今振り返ると、村主さんにこんな提案もできたんじゃないか?反省することばかりです。僕にとって2023シーズンあまりにも大きな出来事でした。
3.逆襲
田村さんが新監督になり、1番驚いたこと。
それは全く何もなかったかのような振る舞いでした。決してそれは、今までがなかったかのような振る舞い方ではなく、選手の動揺をかき消すかのように指揮をとっている姿が本当にすごいと思いました。悲しみを引きずる様子もない、いわきFCのサッカーを取り戻すという強い姿勢を僕は感じました。
そして、スプリントトレーニングを再開する田村さんの判断。監督が変わってどうなるんだろうと思ってました。ただ、田村さんはいわきFCのサッカーにおける90分間止まらない、倒れない、魂の息吹くフットボールを実現するためにスプリントトレーニングを重要視してくれていました。
ここで僕はもう一度基礎から作り直そうと決めました。初めて選手たちにスプリントトレーニングを実施したあの日のようにもう一度初心に戻り、基礎から作っていきました。
4.新たなアプローチ
・最高速度の追求
前半シーズン、試合およびトレーニング時の最高速度があまり出ていないところが気がかりでした。昨年も同様でしたが、最高速度を試合で出せている選手は少なく、トレーニング時の測定で自己ベストを出した選手がほとんどでした。トレーニングの段階で自分自身の最高速度の90%以上をコンスタントに出そうと思って出せることが試合でも重要になると考え、練習の段階で最高速度意図的に出してもらうようコーチングするようにしました。
ここで懸念点は怪我です。最高速度を出したことにより起きる可能性が高まる怪我。最高速度を出すことによる筋疲労。これを解消するためにただ走るのではなく、ミニハードルを設置し選手それぞれの適性ストライドに合わせて適切な接地をすることで障害の予防にも繋がります。距離感は10cm単位で調整します。ミニハードルから徐々に速度を高めていく。このアプローチで故障を減らし、日々の最高速度を更新する選手も多く現れ、最高速度を高めていくことに成功しました。週に1回身体に刺激を入れることで試合中でも最高速度を出せたり、試合終盤でも最高速度に近い状況で走れるようになってきました。
・心拍数のコントロール
いい感覚を追求するがあまり、負荷がかかりきっていないこともトレーニングをする上で気をつけなければいけないことだと思っています。昨年の開幕戦以降、選手が前半がきつい。後半の方が身体が動くことを口にしていました。試合時のウォーミングアップでやりすぎると試合中ばててしまうかもしれないという懸念はいわきFCのような普段からそれ相当のトレーニングを積んできているチームからすると心配する必要がありません。
楽に速くというキーワードで選手の走りを追求してきましたが、この言葉を言い過ぎるとそもそも出せる速度を落としすぎてしまい、ただ気持ちよく走るだけになってしまい刺激が入りきっていない状態がおきてしまいます。今年からはスプリントトレーニング中の心拍数をチェックし、最大心拍から何%上がっているかなども確認してやっていきました。アナリストの村上さんは選手によって心拍が上がりにくい、上がりやすいを把握してくれていたので個体差も頭に入れておくことができました。試合時も同様に最後にロングスプリントをしっかり入れることで試合開始から100%で入れるように行ってきました。
5.結果
昨年のいわきFCの最高速度の平均は33.2kmでした。今年は33.3kmという結果でした。毎年チームのメンバーが入れ替わっていく中で高いアベレージを残していかなければいけない。ただ速いチームだけではなく、いわきFCの掲げる「90分間止まらない、倒れない」を実現できるスプリント力が求められます。
その中でも印象的だったのが、スプリントトレーニングを2年間受けてきた選手の飛躍です。最高速度が2km以上速くなった選手は以下です。
宮本英治 31.5km→35.5km
杉山伶央 33.2km→35.8km
山口大輝 32.8km→35.1km
岩渕弘人 31.9km→34.0km
永井颯太 31.9km→34.9km
サッカーは自分たちが走る以外にも走らされることもあります。もちろんどんなサッカーであったとしても対応できるベースとなる体力。そこに更に最高速度も出せる引き出しがあること。加速力だけでなく、アクションからの初速力向上など、挙げたらキリがありませんが、この一つ一つをトレーニングで成長させ進化させていく。まだまだ100%には程遠い結果でしたが、後半シーズンに多くの気づきと結果を実感できました。特に、ホームの水戸ホーリーホック戦での88分の岩渕選手の逆転ゴールに繋がった宮本選手とのロングスプリントからのゴールは僕が目指すいわきFCを象徴とするシーンでした。2名とも88分に最高速度を記録していました。
6.可能性
J3とJ2。巧さ、強さ、それぞれが今までにない差を感じたことと思います。ただ、走りだけを切り取った時に僕は十分戦っていけると感じました。もっともっと速くできる、もっともっと走れるようになる、更なる手応えを感じました。総合的な結果は納得のいくものではありませんでした。ただ、一つ一つの出来事を意味のあるものにしていかないといけません。いわきFC大倉社長が言う。負け方が大事。負けたときにもファンに納得してもらえるもの、負けてもファンを逃がさないものを見せなくてはいけないという言葉が印象に残っています。そして、その負けを意味のある、価値のあるものに変えていくことが、選手、スタッフは絶対に忘れてはいけないと思っています。
いわきFC走りの革命の第2章。
もっともっと日本サッカー界に衝撃を与えたい。関わる全ての人を驚かせたい。選手に喜んでもらいたい。僕自身ももっともっとスプリントコーチとして選手と同じように成長していく必要があります。
どのJリーグクラブにもスプリントコーチがいる未来を創りたい。いつかそんな世界を見てみたいです。そのためにも結果。誰もが納得するような結果をこれからも僕は目指していきます。
いわきFCを応援してくれた全ての皆様に心から感謝申し上げます。本当に今年1年もありがとうございました。