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(上) わたしを拾って俺を捨てた 肯定し難き日々を守り続けた日々


「自分らしさに囚われる必要は無い」

セクシャルマイノリティをテーマにした番組で、出演者が言った一言
その言葉にはっとした

"今ここで、この過去を整理しなければいけない"

自分の中の記憶が急に溢れ出した
この長い長い年月を費やした"自分らしさ"を整理する日が、ようやく来た。

始まりは7歳の時
クラスでは、やんちゃな男子のよくある悪戯が流行っていた
そんな行動を冷ややかな目で見ていたある日、遂に自分もターゲットになってしまった

その日初めて、スカート捲りをされた。

物凄い嫌悪感と羞恥心が一気に通り過ぎた
その時どんな顔で、相手を見ていたのか分からない
ただ相手の顔に「やってしまった」と書いてあった気がした

その日から、スカートを履かなくなった。

全てが衝動的だった

「わたし」に近いものをとにかく排除し始めた
スカート、ピンク、お花、「私」、笑顔、お洒落、女

似合わない似合わない似合わない似合わないを全て押し込んで
選んだものは、

ズボン、ブルー、星、「俺」、無愛想、シンプル、男

思いつく限りの「男」そして「かっこいい」部類のものを身につけ、理想像を固めた。
今思えば 「かっこいい=男」も相当な偏見だが
7歳の自分は、そんな思考に至る程大人では無かった
「男言葉」に近付くために言葉はどんどん乱暴にした
たくさん怒られたが、そちら側へ行きたくて堪らなかった。

授業の発表ではモヤモヤしつつも「私」と主張した
「俺は」なんて言ったらまた、虐められると思った
「私」は発言の際のテンプレートだった
これさえ言えば世の流れを乱さなかった。

思春期に差し掛かると、クラスメイトとの会話は、好きな人の話で持ち切りになる

女であることをを排除した人間が男の子を好きになるなど、あってはならないと思っていたし何より、男の子という存在にとても緊張した

興味はあった。が、怖かった。

何を考えているのか分からない
そんな彼らに安易に近づいてはいけないと
何となく思っていた。

スポーツ万能な人たちは、分かりやすく人気者だった
かっこよさの塊で、ヒーローだった
休み時間に机に張り付き、じゆうちょうにひたすら絵を描く「陰」の自分にとって、
彼や彼女らは「陽」だった
運動神経が皆無な自分は早くから、そちら側に行くことは諦めていた。

ほんとはその世界にとても憧れていた
彼らはとても、かっこよかったから
欲しいものを持っていたから。

かっこよくなりたかった。

理想像と比べて現実は遥かに遠かった
そんな陽のあたる人間に憧れ続けていた人間は
やがて陰で居場所を見つける。

12歳のとき、架空の街で架空の人物を名乗り
顔も名前も知らない人との会話を楽しむコミュニケーションサイトにどっぷり浸かっていた

理想とは違う姿も、女とすぐに分かる名前も声も出さなくていい
この世界では、なりたい自分になれる。

現実では届かなかった理想の姿を、初めて具現化できた世界だった
今までの悩みを全て打ち消すことが出来た
そんな自分を好きになってくれる人も現れた

そこから様々なSNSに手を出した
性別不明の心地良さはSNSでしか得られない特別なものだった
この世界がわたしを受け入れてくれた
この世界に救われたのだと本当に思う
架空の世界で架空の人物として生きることで
自分を肯定するきっかけを得ることが出来た。

中学生になった
制服は、ズボンを履きたい気持ちを抑えてスカートを選んだ
選んだと言うより相変わらず「逆らわない」という感覚だった

くせっ毛で無愛想で内股で一重な
理想像とは程遠い現実の自分をまだ、好きにはなれなかった
制服の丸襟に嫌悪感を抱えながらも
思考を止めることで守った
女だからスカートではない。これは、仕方の無いこと。そう、
流れに逆らわずに平和を求めた結果。
家に帰りパソコンを開けば、理想の自分になれる。
そればかり考えていた


これだけSNSの世界にどっぷり浸かっている中でも、現実から目を背けていた訳では無い
相変わらず自分なりのかっこいいを求め、バンド活動を始めた
「ガールズバンド」の括りが引っかかりつつも
自分は自分のスタイルをとにかく追求した

そんな日々を生きていくうちに
ネットの中の自分と、現実の自分との距離が
少しづつ、近くなっていくのを感じた
欲しかった言葉を貰えるようになった
その言葉にどれだけ救われたか
やっとここまで来ることが出来た

高校生になって、一人称を「俺」に統一した
1番しっくり来ていた
おかしく思われても良いと思える程のメンタルは出来上がっていた
むしろそれが個性とも捉えてもらえるような学校に運良く入学できた

その頃にはもうネットと現実に距離はほとんどなかった
自分を肯定できてきた証拠だった
くせっ毛は自然に治ってきた
相変わらず内股で無愛想だが、少しずつ笑えるようになった
追い求めていた理想の自分が、ほぼ出来上がっていた

男や女なんて無い。囚われない。好きになった人が好き。そう思うまでになっていた
そして、そんな自分に囚われ始めていた

↓続

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