何度目かの恋の話②
「今日の飲み会行く?」
「あれ、飲み会なんてありましたっけ?」
「ほら、あれだよ。
野田さんと宮崎さんがいなくなるから、唐突にやるって決まったやつ」
バイト先の先輩にそう言われて、少し考える。
ああ、そういえばさっき仕事前にそんな話をしてた気がする。
うちのバイト先でボス的な存在だった、野田さんと宮崎さん。その二人が自主退職(というなのほぼクビ)になったことが先日決まって、正式な送別会をするところだったんだ。
きっと今日のは野田さんの気まぐれ飲み会だろう。
うちのバイト先では、こういう突発的な飲み会が開催されるのはよくあることだ。
その日にいる人たちが突然誘われて、行ける人だけが行く。そんな感じの、ゆるい飲み会である。
だから参加する人も誰が来るのかは分からない。
みんながみんな、空気の読み合いをする時がある。
「あー、私は今日の上がり時間遅いんですよね。
その時間でもやってたら、向かいます」
そんなふうに返事をして、いざ仕事終わり。
先にその飲み会のお店に行っていた友達から呼び出された。
“お店出て近くのタコ丸にいるよ〜、まだ飲んでるからおいで!”
なるほど。とりあえず、自分のスマホの時計を見る。
時刻は22:45。その時点でこの後の展開はお察しだ。これは朝までコースだな。
“お金下ろしてから行く”
短くそうLINEを打って、近くのコンビニに向かった。
それから店まで早歩きで向かい、タコ丸の暖簾をくぐる。
どこの席だろうか。
脱いだ靴を下駄箱に突っ込んで、キョロキョロと辺りを見回してみる。
「あ、土屋」
「真帆ちゃん!」
私のことを呼び出した張本人と出会えた。
これは丁度いい。
「席わかんないんだけど、どこ?」
「私も今戻るから一緒に行こう〜」
「うん、ありがとう」
ある程度の量を飲んだのだろう、少しほろ酔いの友人・土屋夏は私の手を引いてお店を進んでいく。
“あそこの席だよ”と指さした場所は、お店の奥の少しばかり狭い座敷だった。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
「お前来るのが遅いよ」
「すみません、馬車馬のように働いてました」
そんなことを言いながら、辛うじて空いてると表現できる、小さな空間に身を置く。
私の3人隣りに座った友人から、飲み放題の時間は終わっていると聞いた。
それならもう飲み物は頼まない方がいいんだろうか。
少し悩みながら、机の上を見る。
「あれ、これ飲んでいいやつです?」
隣にいた、バイト先の別部署の先輩である星野さんに聞いてみる。
「俺が適当に頼んだやつだから、飲んでいいよ」
その言葉を聞いてから、ありがたくそのグラスをいただいた。
果肉がぎっしり入れられた、グレープフルーツサワーだった。
その一杯から、私のその日の酒祭りは始まるのである。
とりあえず、鬼のように飲んだ。
だって、飲めって言われたから。
飲み放題の時間なんて気にせず、オーダーしろって言われたから。
大人達がいっぱいいたし、我慢するところじゃないなって思ったから。
そりゃあもう、浴びるように飲みました。
そして出来上がったのが、終電をなくした酔っ払い。
ちなみにこの時点で友人は帰った。
薄情なやつだ。
酔っ払った私を、“宜しくお願いします!”と他の人に手を上げて任せ、颯爽と帰って行ったんだから。
まあ、その場で飲んでた人の半数は終電で帰ったから、それが当たり前ではあるのだけれど。
にしてもどうやら、わりと飲みすぎたらしく。
お酒を飲んだ時にありがちな、お手洗いタイムがやってくる。
「トイレ行ってきます!」
隣で飲んでいた星野さんに、謎の宣言をしてふわふわとした足取りでトイレに向かった。
なお、この時の私と星野さんの関係は、しっかり話すのは二度目。そして、普段はよく話すわけでもなく、挨拶をする程度の関係である。
目的を果たしてすっきりとした気持ちの私は、お酒の力で楽しい気持ちになったままトイレを出た。
そして気付く。
トイレを出た先の廊下の壁に寄りかかってスマホをいじっている人物。星野さんに。
「あれ、星野さんもトイレですかー?」
「いや。酔ってる?大丈夫?」
ふわっふわとしたまま駆け寄って問いかけると、星野さんはそのままこちらの方に近付いてきて、こけそうになった私を支えた。
あれ、何だこのイケメン。
私のこと心配して、わざわざここで待ってたのか?
「酔ってないですよ!」
なんとなくの意地を張ってそう答えながら、自分たちの座席に戻る。
この時点で私はもはやただの本物の酔っぱらいだ。
そして唐突にやってくる眠気に耐えきれず、思わず隣に座っていた星野さんに聞いた。
「肩借りていいですか?」
「いいよ」
少しだけ、優しく笑った星野さんの返事を聞いて、私は1ミリ足りとも遠慮をせず頭を預ける。
この時点で私はどう考えても人として終わっているとは思うが、そこはスルーしよう。
そしてなぜだか私は星野さんに頭を撫でられているが、それも酔っ払っているから気にしないことにする。
この状況に気付いた周りの人物が私達二人を揶揄っていたが、星野さんは笑いながらスルーしていたので、私もスルーしようと決めた。
久しぶりに、頭を撫でられた。
彼氏だったら、こんなことしてくれない。
酔っ払っている私を見て、彼はすこぶる嫌がるだろう。
こんなに優しく笑ってくれること、ないなあ。
そんなことを考えてしまったのが間違えだった。
その一瞬で、彼と別れる決意を決めてしまったんだから。