大日本ツインカム帝国の成立と発展
扉の写真は1969/カーグラフィック誌の表紙を飾ったおそらくは唯一のエンジン,S20=ツイカム4バルブエンジン、この文字がカタログや広告コピーに並ぶようになるのは1980年代のこと。カムとはカムシャフトの略でエンジン内の混合気を入れ替えるバルブを上下させる役目を負っています。ツインカムはコレがペアで備わっていること。高性能の証です。
では60年代に戻ってみると…ホンダが小さな360エンジンをツインカムで高回転、高出力化して、同社初の四輪車エンジンとして世に送り出したのを例外とすればトヨタも日産もそしていすゞも少量生産しかされない特別な車種のパワーユニットとしていたのみでした。お馴染みトヨタ2000GTと1600GTはいずれもヤマハの開発、協業で得られたもの。スカイラインGT-RやZ432のS20型6気筒はプリンス自動車にそのルーツを持つもの。
トヨタ2000GTの生産が終わると入れ替わりに登場したのがトヨタのツインカムエンジン,2T-Gです。このツインカムエンジンはヤマハで量産されセリカやカリーナのGT、さらにはカローラ・レビンやスプリンタートレノ他大衆クラスにもツインカムエンジンは広く普及することになります。
同じころいすゞは117クーペのツインカムエンジンをベレットGT-Rにも転用し、三菱もギャランの最高峰,GTO-MRにツインカムエンジンを搭載します。言ってみれば1970年が日本のツインカム大衆化元年といったところでしょうか?
昭和51,53年に実施された世界一厳しい排ガス規制でもツインカムは何とか生き残り、怒涛の1980年代を迎えます。
日産に久しく絶えていたツインカムサウンドを蘇らせたのはスカイラインRSでした。1気筒当たり4バルブと、GT-Rに並ぶスペックながら4気筒エンジンだったためにGT-Rの名跡は引継ぎを許されず、赤白のバッジにのみその孤高の存在をアピール出来たのでした。
80年代も中頃を迎えるとホンダが乗用車群の高性能版としてツインカム搭載車を発売、たちまち人気となりモデルチェンジチェンジされたクイント・インテグラは全車がツインカム搭載という思い切った戦略をとります。各社とも量産型エンジンのヘッドだけをツインカム化したトヨタ流に倣った方式で、ツインキャブが燃料噴射に置き換わった後、概ね10%以上の出力アップを実現していました。
ツインカムがもはや、珍しい存在ではなくなるのは厳しさを増す排ガス規制や燃焼効率向上のため、点火プラグをシリンダーヘッド中央に設けやすい4バルブ・ツインカムの燃焼室が理想的な形状だからということもありました。カムシャフトが1本のシングルカムでも動かせなくはないものの、二本のシャフトでバルブを真上から叩いた方が機械的にも合理的なため、あとはこのカムシャフトの回し方の問題でした。
チェーンをかける代わりにタイミングベルトと呼ばれる歯形の付いたベルトがもてはやされた時期もありますが、耐久性の面で難点がありチェーンに回帰する現象も起こっています。
ツインカムをいち早く普及させたトヨタは量産車向けに、もっと簡便な方法で二本のシャフトを回し始めました。今まで通り、1本目のカムを回したら、向かい合うもう片方のカムは歯車で1本目のカムと噛み合わせます。ふつうはこれだけだと歯車ギアの間に隙間ができて大きな遊びが生じてしまいます。シリンダーの動きに正確に追随しないとバルブをピストンに衝突させかねないのでカムの動きにはより、緻密さが求められます。そこでトヨタは歯車を二列用意して、お互いが遊びの生じない挟み撃ちのような位置関係を保つことで、一本のチェーン、一組のシザーズギアで簡単にツインカムエンジンを量産できるようにしました。
従来通りのツインカム・エンジンには2T-Gや4A-GのようにGで表現され新しいシザーズギア式のツインカムは-FEの文字でスポーツ・ツインカム系とは区別されるようになります。
どの車も2本づつのカムシャフトを持つようになると、ホンダは第三のカムシャフトを追加してきました。(と言ってもシャフトは二本ですが)やはりインテグラのモデルチェンジを機に投入されたVTECエンジンです。
カムシャフトのおむすび型のカム山に低速重視や高速向けのように得手不得手があるもので、町工場では市販にはない独自のカム山を作ってマニアに供給したりしていました。そこでホンダは、この高性能のカムと一般使用に便利な実用重視の二種類のカムを取り換え可能にしたのです。
と言っても走っている最中にエンジンを開け、カムシャフトを入れ替えるのは流石にホンダでも無理。そこで二種類のカムを同時に回して、というか一本のカムシャフトに二通りのカム山を設けて、バルブの方が、そのどちらかで動くようにうまい仕組みを作ったのです。
4バルブで性能を出し切ると、じゃあ吸入バルブをもう一つ増やして5バルブにしたらどうか?F1マシンやフェラーリ、カローラや軽自動車のミニカ・ダンガンでも5バルブの超高性能ツインカムエンジンが登場します。排気バルブは2本のままでも高い効率を維持できるので6バルブという例はありません。
では5より多くのバルブは無かったか?というと、バイク用のエンジンに8バルブという途方もないのが存在します。レース用に開発された楕円(長円形の)横に長いピストンを上下させるホンダのNRが市販車としてデビューし注目を集めました。4本づつV型にシリンダーヘッドに並ぶバルブの光景は自動車用エンジンにはない別世界の光景でした。
一本しかない吸気用のカムシャフトを何とかうまくホンダVTECのように使い分けできないものか?カムの山はそのままに、カムシャフトの位相(クランクシャフトとの位置関係)を前後に変えることで,VTEC並みの効果を狙ったのが、バリオカムなどの商品名で知られる位相可変式カムシャフトです。
この仕組みを応用して、さらに吸入バルブのリフト(上下の開閉幅)までも可変式にすることで、これをアクセルペダルがコントロールするスロットルバルブ開閉の代わりを担わせよう、というのがバルブスロットルと呼ばれるメカニズム。アクセルが吸入管を通せんぼするようなバルブではなく、電子制御された可変カムシャフトの位相を変える方が吸入効率がアップして、燃費や排ガスクリーン化にも貢献する、というメリットがあるようです。
吸気も排気も自前のカムシャフトを与えられるようになったツインカムエンジンは以後、カムシャフトの変遷、進化と共に90年代、21世紀と大きく姿を変えようとしています・・・・・・
そして21世紀の今、こうした技術革新はもう過去のものになってしまうのでしょうか?