世は等しからずや
モーターやエンジンの回転は変速機を経ていよいよ車軸へ…、行く前にもう一段減速が待ち受けています。そして左右の車輪へ…、いや直進はいいとしてカーブではどうするのか?トラックの様な後輪駆動はまだしも左右に首を振る前輪を駆動するFFや四駆だと車軸ごと向きを変える訳にはいきません。
その前に内輪差の問題もあります。右と左のタイヤでは陸上競技のコース同様辿る距離が違って来ます。つまり左右で回転数に差が生じている事になる訳で、これは後輪駆動でも同様です。一本のプロペラシャフトからどうやって回転数の違うタイヤに各々回転を伝えるか?
まず変速機から先の車軸に繋ぐ前に3倍程度減速します。これがカタログに載っている最終減速比、加速を良くしたければ数字を大きく、最高速度を上げたければ減速比を小さくすれば良いのは変速機の時と同じです。バイクだとチェーンの前と後ろで歯車の大きさが違い、減速の役割を担っています。バイクとは違い、左右のタイヤを駆動する自動車にはここから先デフレンシャルギアという差動装置が必要です。
ぬかるみにはまって空回りしているクルマは大抵片方のタイヤだけが空回りしています。実はフルタイム四輪駆動のクルマでも空回りしているタイヤは一つだけ、これは差動装置で抵抗の少ないタイヤにばかり動力が逃げているからです。
さて、一本のシャフトからどうやって二つの車軸を「差動」させるか?実は四輪車の実用化に欠かせないこの技術の特許は200年近くも前に考え出されていました。左右の車軸は傘歯車という、アポロチョコレートみたいなギアで向かい合っています。それをもう一つの傘歯車で橋渡ししているので、片方が回転をやめても、もう一方が倍の速度で回り、橋渡し役のかさ歯車は左右の回転の合計分だけ回る、という原理です。左右のタイヤで回転差が生じてもその平均値の分だけプロペラシャフトが回る仕掛けです。この原理はオートマチックギアの遊星歯車にもトヨタのハイブリッドシステムにも利用されており、サンギアとリングギアの間に挟まる遊星ギア=プラネタリーギアが三者それぞれバランスしながら回転するのにも似ています。
さて、話変わって鉄道の車輪は車軸で左右が一体化されています。曲線路の内と外では当然距離が違うのに車輪の回転速度は同一。でも実は車輪の内側と外側ではわずかに半径が違います。レールと接しているのはこの斜めになった踏面の僅か1点だけ。カーブでは線路間距離が少し広がり、外側の車輪は一番直径の大きな部分が線路に接し、内側の車輪は逆に半径の小さな外側の部分でレールに接している、というわけです。だからスムーズにカーブできないと内側か外側のどちらかの車輪はレールと擦れ合うことになります。地下鉄日比谷線の急カーブでキーンという宇宙船みたいなこすれ音が発生するのはフランジと呼ばれる車輪の突起部分がレールとこすりあっているために出るもので、宇宙船が接近しているわけではありません。
カーブを無理なく、車軸をねじ切ることもなく曲がれるのは差動装置のお陰ですが、反面ぬかるみに嵌まるとスリップしやすい方に力が逃げる、というデメリットもあります。そんなときはサイドブレーキを軽く引いて、空転している車輪の回転を止めて、反対側車輪に力を伝えるという裏技もありますが・・・。もうひとつのデメリットはレースなどでコーナリングスピードを速めようとするとする場合、遠心力で浮きそうになった内側の車輪が空転し、力が逃げてしまうことです。これに対処するのがLSD=リミテッド・スリップ・デフという機構で高性能車には良く使われるパーツです。遠心力がかかるとギアの一部が摩擦で空転を妨げられるような仕組みで、何種類かの構造があります。最近ではこれに電子制御とクラッチまで組み込んで、積極的に内輪差をつけてやろうというハイメカすら登場しています。
ハイテクついでにもう一つ、ホンダの小さな人気のスポーツカーS660などでは、内側の車輪にだけ積極的にブレーキを掛けてハンドルのキレが良くなった様に感じさせる機構も備わっています。またベンツの一部の運転アシストでは車線を逸脱しそうになった時にハンドルを切る代わりに後輪の片方だけにブレーキを掛けて進行方向を変えてやろうという方式もとられています。まあ、運転者の大半には気づかれないうちに仕事をこなしているワケですが・・・・