聖戦に花は咲くか
百合からのメッセージを受け取った俺は、ふぅ、と一息ついてから支度を始めた。
ついに明日だ。
緊張と高揚感から心臓がドクドクと音を立てているのがわかる。ジュラルミンケースを開き、中身に不備がないことを確認すると、シャワールームへ向かう。
冷たい水を浴びながら、この後、そして明日までの行動をシミュレーションしていく。
(まずはこの後、待機中の百合と合流。大丈夫だ。百合は心から信頼できる仲間だ)
シャンプーを手に取り、泡立てる。爽快タイプの薬剤が頭をスーッと冷やし、心地よい。
(その後、バックアップを取っている蓮に報告し、作戦を開始する)
崇高な任務だ。自身の身体に穢れなどあってはならない。ボディソープで隅々まで身体をきれいにし、顔を洗う。
そして、鏡に映る自分自身に問いかけた。
「もう後戻りはできない。覚悟はいいな?」
―――――――
9月半ばにしては蒸し暑さが残る夜。
暗闇に紛れるように、全身黒ずくめの男が近づいてくる。
「コードネーム:朝顔。ターゲットの監視に合流する」
男は低い声で呟きながら、アイスコーヒーを手渡してきた。
「コードネーム:百合。了解。ちょうどよかった。喉が渇いていたところなんだよ」
「蓮への報告は俺からしておく。お前は少し休め」
「さすが、気が利く男だな!」
百合は朝顔から貰ったアイスコーヒーを飲みつつ、ポケットからタバコを取り出す。
「おい。吸うなら喫煙所に行けよ」
「え〜!休めって言ったの朝顔じゃーん。それに、俺がいない間にターゲットに動きがあったらお前、1人でやれんの?」
「当たり前だ。そのつもりで準備してきたんだからな」
朝顔は、まるで黄門様の印籠よろしくジュラルミンケースを掲げる。
「はいはい、わかったよ。じゃあお言葉に甘えてちょっと外すわ。なんかあったら連絡して」
百合が近くの喫煙所に消えると、朝顔は蓮にメッセージを送る。
この任務が成功すれば、多くの者が報われる。
これは言わば、聖戦だ。
例え誰かが犠牲になろうとも、やり遂げなければならない。
大丈夫だ。俺たちならできる。勝利の栄光は、俺たち自身で掴むのだ。
真っ暗闇の中、密かに野望を燃やす男は、数時間後に確実に訪れるその瞬間に備え、薄明かりの漏れる部屋をじっと見つめていた。
―――――――
「昨夜未明、桜吹雪大学に勤める椿教授の自宅に爆発物が投げ込まれました。なお、怪我人はいません。犯人は椿教授の授業を受講する学生達で、『どうしてもレポート提出に間に合いそうになかった。このままだと単位が貰えないので、教授の自宅を爆撃し、課題自体をうやむやにしたかった』などと供述しています。ただし教授への殺意は無く、数カ月前から教授の自宅近くに張り込んで、確実に家族全員が留守にする日を狙ったとのことです。
犯人たちは未成年のため実名での報道は避けますが、自らを「百合」「朝顔」「蓮」などのコードネームで呼び合い、爆発物を自作していたとの情報もあることから、計画的な犯行であることは間違いありません」
お題:「シャンプー」「朝顔」「アイスコーヒー」
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