ときめきは屋上から
「はぁ。つまんねえ」
雲一つない空を見上げながら、誰もいない屋上で独りつぶやく。
俺は柏木悠斗、高三だ。周りは受験勉強で忙しそうだったが、進学する気のない俺にとっては、毎日退屈でしょうがない。
ふと視線を下に向けると、何かが落ちているのが目に入った。拾い上げてみると、どうやらハンカチのようだ。裏には可愛らしい刺繍が入っている。
「『はるか』……はるかちゃんって子が縫ったのか? ふーん、うまいじゃねーか」
繍われている文字はどれも綺麗で、刺繍をした子もきっと綺麗に違いない、と妄想が膨らんでいく。
よし、このハンカチは俺が返してやろう。ついでにその子の連絡先をゲットしよう。退屈な日々に現れた新たな恋の予感に、テンションが上がっていくのを感じながら、屋上の扉にマジックで落書きをした。
『刺繍ハンカチの君へ。返して欲しかったら3-B 柏木まで!』
◇
それから数日後のある日。教室でダチと喋っていると、廊下の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「生徒会長の武藤だ。柏木はいるか!」
はぁ? 生徒会長サマが俺に何の用だ?
廊下に出ていくと、そこには黒髪眼鏡の、いかにも真面目そうな男が立っていた。
「柏木は俺だけど。何の用?」
「身に覚えがないのか。呆れた男だ。二人だけで話したいことがある。ついて来い」
随分上から目線な奴だ。喧嘩売ってんのか? いつもの癖でメンチを切るが、そんなのお構いなしでそいつは俺の腕を掴んで歩き出した。
「おい、何なんだよ! 二人だけで話したいって、俺はお前に話したいことなんてねーぞ!」
「ほう、じゃあこの落書きは一体誰が書いたと言うんだ?」
引っ張られながら歩いていたら、いつの間にか屋上に来ていた。そこには以前、俺がした落書きがあった。
「あ~、それははるかちゃんへのメッセージだ! はるかちゃんが見つかるまでは消さねえ!」
「……ならば、即刻消すがいい」
「は? 俺の話聞いてたか?」
「勿論だ。そのはるかちゃんとやらは、僕のことだからな」
は?? こいつマジで何言ってんだ?
「僕の名前は武藤遥(はるか)だ。ハンカチも僕のものだ。今すぐ返せ」
「ちょっと待て……お前がはるかちゃん? この刺繍もお前がやったの??」
「……何か問題でも?」
いや、問題ありまくりだろ。ふざけんな! 俺のトキメキを返せ!!!
恨みがましい思いで目の前の男を見ると、何故だか照れたように顔を背けた。
「お前さぁ、刺繍好きってバレたくなかったから二人だけで話したいとか言ってたわけ?」
「うるさい。いいから早くこの落書きを消してハンカチを返せ、不良者!」
「不良だと!? お前、俺にそんな口きいていいのかよ? お前が刺繍好きの乙女ちゃんって言いふらしてやったっていいんだぜ?」
「クソ……なんて卑怯な……」
目の前の男はさらに顔を赤らめ、苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。
「わかった。ならば、この件は僕の中に秘めておいてやろう。手伝ってやるから落書きは消せ」
そう言うと武藤はバケツと雑巾、溶剤のようなものを持ってきて、落書きを消すのを手伝ってくれた。
ふ〜ん。意外と話がわかるイイ奴じゃねーか。
本当に手伝ってくれるとは思わなかったので、俺はこの時少しだけ、このカタブツ眼鏡男に興味が出てきたのだった。
それからというもの、俺は日々の退屈を埋めるように武藤に絡むようになった。
「は〜る〜か!!」
大声で呼ぶと、ものすごい勢いで武藤が振り返る。
「貴様!! 下の名前で呼ぶなと何回言ったらわかるんだ!」
「あれ? そんな態度とっていいのかぁ? 刺繍好きのはるかちゃん♡」
「や・め・ろ」
武藤はこちらを睨むが、怒りと恥ずかしさで耳が真っ赤になっているので全く怖くない。からかいがいのある奴だ。
「先週の小テストで赤点くらっちまってさ〜。再テスト受かんねーとヤバいんだよ。ちょっと勉強教えてくんね!?」
「何で僕が……」
「武藤しか頼れる奴いねーんだよ。な? 頼む!」
「……仕方ない奴だな。わかった、これも生徒会長の仕事の一つだ」
こいつチョロいな。生徒会長だからって、普通そこまでやるか?
まぁでも結果的に勉強も教えてもらえることになったし、武藤にちょっかいをかける口実も増えたということで、俺にとってはラッキーだった。
◇
ある日の昼休み、屋上で寝転がりながら、隣で読書をする武藤に話しかける。
「てかさぁ、お前って何のために生徒会長やってんの」
初めは勉強を教わるというテイでたまに昼休みに会うだけだったが、今では昼食の時間を一緒に過ごす、普通の友達になっていた。
「皆がより良い学校生活を送れるために決まっているだろう」
「ふ~ん」
いかにも優等生らしい解答だったが、こいつの言葉に嘘がないことは、接していくうちにわかってきた。武藤は冷たそうに見えるが、困っている人は放っておけないタチで、本気で全校生徒のためを想っているのだ。
何でここまで、人のために頑張れるんだろう。
ふと横を見ると、武藤は本を開きながらうとうとしだした。生徒会の仕事で疲れているのだろう。しばらくすると本格的に寝始めてしまったので、親切心で眼鏡を取ってやった。
まつ毛なげー……女子かよ。ていうか眼鏡取った方が可愛いのにな。
……ん? 可愛い? 俺は今こいつのこと可愛いと思ったのか?
いやいや、ありえない。たしかに色白で整った顔をしているが、こいつはれっきとした男だ。でも、この感情はなんだ。武藤は俺にとって友達、だけど……。
武藤は今までの俺の友達にはいないタイプで、こいつといる時間は俺にとって新鮮だったし、楽しかった。
それに、めったに笑わないあいつの笑顔を引き出せた時なんか、嬉しさ通り越して、幸せを感じたりなんかしちゃってるのだ。
俺、もしかしてこいつに恋してる? やばい。どうしよう。明日からあいつとどんな顔して接すればいいんだよ……。
◇
翌日の昼休み、いつもの屋上。
「俺、お前に言いたいことあんだけど」
あの後、自分なりに考えた。そして、うじうじ悩むのは俺らしくないという結論に至った。思い立ったら即行動! が俺のモットーだ。
「なんだ、改まって」
「俺さぁ、武藤のこと好きかもしんねぇ」
「ブハッ」
ミルクティーを飲んでいた武藤がむせた。
「は!?!?」
「いや、お前可愛いし、面白いし。イイ奴じゃん? 好きになって当然だろ」
「なんなんだ藪から棒に……気味が悪いな。熱でもあるのか?」
武藤はカバンからのど飴を出して、俺にくれた。告白されてのど飴って。天然か?
「そういうとこも好きなんだよなぁ」
「いい加減黙れ、お前」
しみじみと愛を語る俺を、武藤は呆れた表情で一蹴した。あれ、なんか思ってた展開と違くね?
自慢じゃないが、俺は今まで告白して失敗したことはなかった。まぁ、俺って顔は悪くない方だし、イケそうな子にしか告白しないし。つまり、こんなに本気で人を好きになったことなんてないのだ。それなのに、何で伝わってねーんだよ!
「……そういうのは、冗談でもやめろ」
顔を背けてそう言った武藤の耳は赤くなっていた。なんだ? この反応。俺は嬉しくなって、背後から武藤に抱きついた。
「やっぱり可愛いヤツだな、お前は!!」
「おい、離れろ!」
武藤は抵抗したが、その力は心なしかいつもより弱い。少しは脈アリって思っていいのか? 両思いになるまで、俺は諦めねぇからな!
Fin(2999文字)
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