センチメンタルと群青

九月に入ったというのに、まだまだ寝苦しい夜が続いている。
六畳一間の古びたアパートで、壊れかけのクーラーだけではこの熱帯夜を乗り切るにはいささか力不足なのかもしれない。

今夜もなかなか寝付けずに、結局中途半端な時間に目を覚ましてしまった。

窓の外を見ると、まだ夜明け前だった。


夢を、見た。

キラキラしたステージで大勢の客を前に自分が歌を唄っている夢。

若い頃たしかに俺は、バンドマンを志していた。
あふれ出る想いを言葉にするのが好きで。
自分の中の衝動を音に乗せるのが好きで。

昼も夜も関係なく曲を作り、一人でギターを掻き鳴らしては、スター気分に浸ったりなんかして。
周りには同じ夢を見る仲間だっていて、いつか絶対売れような!なんて、熱い言葉を交わし合っていたのだ。


だけど、現実はそんなに簡単じゃなかった。

俺より才能のある奴は何人もいたはずなのに、そういう奴らが夢破れ、散っていくのを見た。
仲間たちもいつの間にか音楽なんて辞めて、他の夢を見つけたみたいだった。

「いつまで子供みたいな夢見てんだよ」

誰かに言われた気がする。
結局俺には特別な才能も運命的な出会いも何もなくて、ただ夢を追いかける青春ごっこを楽しんでいただけだったのかもしれない。


唐突に、祖母の言葉を思い出す。

「夢で見ることはね、その人の本当にやりたいことやしたいこと、考えてることなんだよ。」


アホらしい。
そもそも俺には向いてなかったんだ。

普通に就職して、普通に結婚して、普通に家庭を作って普通に死んでいく。
幸せなことじゃないか。なんの不満があるって言うんだ。
バンドマンなんて不安定で危険な道を選ぶほど、俺はバカじゃない。
俺の選択は間違ってなかった。

それなのに、頬に流れるこの熱い雫はなんだ。


「いつまで子供みたいな夢見てんだよ」

頭の中で響くそのセリフは、自分の声で再生された。
叶わない夢だと自分でフタをして、本当に好きなことを忘れたフリをしていたのは、紛れもない、俺自身だ。


「あーあ、本当にアホらしい。」

誰もいない部屋で一人呟いたその言葉は、ゴウンゴウンと不気味な音を立てるクーラーにかき消された。

窓からは朝日が差し込んでくる。

窓に映った自分の顔はあまりに酷い有様で、なんだか笑ってしまった。

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