露草
学校の裏手の森を北東に進んでいくと、青々とした若葉が生い茂る木々を抜けた先に、小さな洞穴がある。
洞穴自体は子どもが何人か入れるくらいの大きさだったが、その入り口はボーボーに伸びた雑草に隠されており、一見するとただの岩にしか見えなかった。
ここは、僕たちの秘密基地だ。
***
「でもさぁ、よくこんなとこ見つけたよね」
駄菓子屋で買った10円ガムを噛みながらミーコが言う。
「ユウタが珍しい虫を追いかけていて偶然見つけたんだよ。あれ、なんて言ったっけ?」
「クビキリギスな。見た目はバッタみたいなのに、ピンク色してたんだぜ!?」
ユウタが興奮気味に話す。
僕はユウタほど虫が好きではなかったから、その虫がピンクだろうとオレンジだろうとどうでも良かったが、そのおかげでこの秘密の洞穴を見つけられたのだから、感謝しないといけない。
ミーコは自分から話を振ったくせに既に興味を失ったのか、風船ガムを膨らますのに躍起になっていたため、僕は別の話題を持ちかける。
「ところで、宿題の作文書いた?『家族との夏の思い出』ってやつ」
「あぁ、あれね。書くことないんだよね。うち、今年は兄貴も姉貴も受験生だし、どっこも行く予定ないんだ~」
どことなくふてくされた口調のミーコ。
「オレもないな。母さんはいつも通りいないし、そもそもどこかに出かける金も、うちにはないしな」
ユウタも話に乗ってきた。
「そうだよね。実は僕も、まだ手を付けてないんだ。『家族との思い出』って、普通は何を書くんだろうね」
僕たちは3人とも、家庭内に居場所を見つけられずにいる。
ミーコには高校3年生の姉と中学3年生の兄がおり、受験生2人を抱えたミーコの家は家族中がピリピリしていて居心地が悪いのだと、前に話していた。
一方、ユウタの家は母子家庭だ。母親は17歳でユウタを生み、水商売で生活費を稼いでいる。彼が学校から帰る頃には母親は既に仕事に出かけており、彼が寝ている間に帰ってくるため、ほとんど会話を交わすことがないのだという。
僕はといえば、物心ついたときから両親の仲が悪く、喧嘩をしている最中の両親には、僕のことなど見えていないかのようだった。
僕たちには、お互いの寂しさが手に取るようにわかる。そのせいか、いつの日からか妙な仲間意識を持つようになっていた。
だから、この洞穴で3人で他愛もない話をする時間が僕は好きだった。
この穴の中にいると、不思議と現実を忘れることができる。まるで、僕たちを外の世界から守ってくれる要塞のようだ。
「ねぇ、知ってる?ツユクサって、朝しか咲かないんだって。昼になるとしぼんじゃうんだってさ。なんだか儚いよね」
ミーコが周りに咲く小さな青い花を見つめながらぽつりとつぶやいた。
へぇ、そうなんだ、と僕が返そうとすると、突然穴の外から男が叫ぶ声が聞こえた。
「君たちか!近頃この洞穴にたむろしてる子どもたちというのは。ここは氏神様を祀るための神聖な場所だ。そこに祠があるだろう!?子どもの遊び場じゃないんだよ!すぐに出てきなさい!」
そう怒鳴りつける男が指し示す先を見ると、そこにはたしかに薄汚れた小さな祠のようなものがあった。
「あ、本当だ。気付かなかった…」
思わず僕がそう漏らすと、
「言い訳するな!いいからとっとと出て来い!」
男はさらに顔を赤くして声を荒げる。
「うるっせーな。そんなに大事な場所なら――」
「ごめんなさい!私たち、すぐに帰ります。持ち込んだものも全部片しますから」
反発心の強いユウタの言葉を遮って、ミーコは周りに広げていたお菓子や雑誌をかき集めていく。
洞穴の外に出ると3人で頭を下げ、ここには二度と近づかないことを約束した。
帰り道、僕はやりきれない気持ちでうなだれると、視界の先に青い小さな花が映る。
朝方降った雨で濡れたツユクサの花弁が、今にもしぼむところだった。
僕たちの夏が、終わろうとしている。
お題「言い訳」「雨」「穴」
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