次回作にご期待ください
これは私が前の職場にいた時の話なので、ちょうど2年前になる。
当時私は、とある大手出版社の法務部にいた。
法務部とは、ざっくり言えばその会社のあらゆる業務や契約書、出版物などに対して、法律的に問題がないかとか、まぁそんな感じのことをチェックしている部署だ。かなりざっくり言ったが。
私は大学で少しだけ法律の勉強をしていたために新卒でいきなり法務部に配属されたのだが、正直なところ、私の志望動機は「大好きな漫画に関わる仕事がしたい」という単純かつ軽薄なものだったので、法務部の中ではあまり真面目とは言えない仕事ぶりだったと思う。
そんな私でも、入社3年目にある案件を担当することになった。
新人漫画家の漏らし丸チョビ男先生の新連載のネタが、ある権利に抵触しているのではないかという問題だ。
一応、彼の名誉のために言明しておくが、漏らし丸先生はまだ若いにも関わらず、常に謙虚で愛想もよく、それでいて向上心も高い、非常に優秀な人物だ。もちろん漏らしたことなどないはずである。
なのに何でそんな癖の強い名前にしたんだろう…と、担当編集の塚田さんも首を捻っていた。
そして、問題の漏らし丸先生の新作というのは、ネッシーが主人公の『絶滅の刀』という作品だ。
絶滅されたとされる伝説の古代竜、ネッシーの竜治郎と妹のネス子が、ひょんなことから不思議な刀を手に入れ、自分たちを絶滅に追い込んだ人類という名の"鬼"を駆逐する、斬新な視点のダークファンタジーで、編集部では大ウケだったらしい。
しかし、法務部では一同皆、頭を抱えていた。
タイトルと登場人物の名前が、とある有名漫画と酷似していたからだ。
ストーリーや作風は違うと言えど、これはもう…あれだろ…と、皆が頭に浮かぶものが同じな時点で、アウトだ。
この業界では、こう言った著作権にまつわる問題ごとは常に起きており、下手したら裁判沙汰になりかねない。それだけはなんとしても避けねばならぬと、どうにかタイトルとキャラクターの名前を変更できないか漏らし丸先生に相談をしに行ったのだが、漏らし丸先生は頑として折れず、結局新連載の話まるごとなくなってしまった。
一人の作家の人生を、潰してしまったかもしれない。
そんな責任を感じて、私は出版社を退職することにしたのだった。
そして、2年の歳月が過ぎた。
今私には、新たな夢がある。
漫画家になるという夢だ。
法務の観点から作品と作家を守ることが私の使命だったはずなのに、結局何も守ることができず、逃げるように会社を辞めた弱虫な私自身の経験を元に、逆境から這い上がる王道少年漫画を描き上げた。
その名も「弱虫ヘタレ」。
2年ぶりに編集部のドアを叩く。
夢に向かってペダルを漕ぎ始めた私は、もう、弱虫なんかじゃない。
お題:「裁判」「名誉」「伝説」
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