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恨み晴らし屋


「その私怨、晴らします」
そんな物騒な謳い文句の看板があるのは、駅前から少し離れたところにある古びた雑居ビルだ。

私怨とは、個人的な恨みのことである。
一般的に恨みや怨恨を晴らすというのは、あまり褒められた行為ではない。
とは言え、世の中には裁判では裁けない罪もあるし、被害を受けたのに泣き寝入りするしかないという人もいる。そんな人達の行き場のない怒りや恨みの吐け口として、私はこの商売を始めた。


今日もまた、沈鬱な表情を浮かべた女性が一人、事務所の扉をノックしてきた。

話によると彼女は、恋人だった男を最近亡くしたが、その死因には謎が多く、警察に詳しい理由や調査を頼んでも、結局納得のいく回答は得られなかったらしい。
仕方なく自力で調べていった結果、ある一人の男が恋人の死に関わっているということを突き止めたため、復讐してほしいという話だった。

「彼は幼い頃に両親をなくし、ずっと苦労してきたんです。それが最近になって、人生の意味を見つけたかのように何かを必死になって調べていました。その彼が、自殺なんてするはずがない。絶対に誰かに殺されたんです!」

彼の名誉を晴らしたい、と彼女は切々と私に訴えてきた。

「…なるほど。話はわかりました。それで、復讐をしたい相手の名前などはわかりますか?」

「ええ、神崎という男です。」

その名前を耳にした途端、私は動揺を隠すことができなかった。

「か、神崎というと、神崎創山のことですかな?」

「ご存知なんですか!?そうです、その男です!その男に、彼は殺されたんだわ…」

驚いた表情で答えるなり、彼女は泣き崩れた。


やはり。
また一人、<永遠の命>の犠牲者が出たのだ。

<永遠の命>とは、神崎創山が教祖を務める宗教団体だ。
…というのは表の話で、永遠の命というのはその実、神崎創山自身を指す言葉である。

奴は、不死身なのだ。

不死身なんて伝説上の話だ、馬鹿馬鹿しい。と、多くの人は言うだろう。
しかし、私はこの目ではっきり見たので断言できる。
奴は、殺されても、生き返ることができる。
しかも、殺されれば殺されるほど寿命が延びるという特異体質の持ち主らしく、ほとんど無敵と言ってもいい。

だが、奴を倒す方法が全くないわけでないのだ。
詳しい仕組みはわからないが、奴の寿命は無限ではなく、殺されるたびに寿命が"延びて"いるだけなので、誰も奴のことを殺さなければ、いずれ奴は寿命が尽きて、息絶える。

そのカラクリに気付いてから私は、この晴らし屋を営みながら、密かに<永遠の命>の犠牲者が神崎に復讐しに行くのを止めていた。

私一人が止めたところで何になるのかはわからない。
しかしこれは、私と神崎との闘いだ。
奴を"殺させない"という手段を持って、奴の息の根を止める。

待っていろ神崎、私は全ての復讐の連鎖を止め、いつの日か必ずお前を殺してみせる。


お題:「裁判」「名誉」「伝説」

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