蜜の味
信号が一斉に青になる。
スクランブル交差点をスキップしてゆく白人。写真なのかムービーなのか、機械を高く挙げてはしゃぐ浅黒い顔。仁王立ちでポーズを決めるアジアン。
わたしには吐き気がする、この人混みのゴミゴミが、日本を代表するテンションの上がる風景、らしい。
渋谷はそんなに好きじゃない。けれど、渋谷が好きなひとと長く付き合っていたことがあった。彼とは別れてしばらく経つが、必要に迫られていざ一人でそこを歩くとこびり付いた思い出の多さに気が狂いそうになる。人間と情報の質量よりも、記憶に潰されてしまう。
公園通り、
でかいTSUTAYA、店頭で売り捌かれる新発売のアルバム、
なんだか下品に見えてしまうドラッグストア、マスクは売り切れ、
MODI、最後のクリスマスは彼が見当をつけていたプレゼントを数日前に自分で調達してしまいけっこう落ち込ませた、好き勝手やってたなあ自分、たぶん結局スヌードを買ってもらった、
ガールズバーやアイドルの宣伝トラック、うるせえ、
タワーレコード、景色に馴染むつもりはまったく無い配色、まだはじめの頃の夏、横浜の花火へ行く前にお昼を食べたような、スヌーピーコラボ期間だったかしら、
上り坂になると少し静かになってきて、スニーカーのセレクトショップ、スニーカー狂だった彼の影響でジャックパーセルに憧れるようになったけれど、幅広のわたしの足にはどう頑張っても合わないって最近やっと分かったの、
代々木公園、落ち葉の頃も桜の季節もお散歩してメロンパンの間に生クリームを挟んだ甘ったるい流行りのスイーツを食べた、就活を控え真っ黒に染めた髪で、デニムのワンピースを羽織って、桜の香りをかいだの、その写真をよく覚えている
ノスタルジーとは一般的に田舎的なものに抱きやすい。しかしながらわたしにとっては渋谷も十分すぎる哀愁を内包している。
過去を愛でる余裕、現在のアヤウさ、思い出に引きずり込まれてしまう心の持ちよう、愛されていた記憶、蜜の味。
ちなみにこの日お目当てだった展覧会は、新型コロナウイルスの影響で当日より中止。まったく知らなかったので、ほんとうにただ渋谷をお散歩するだけになってしまった。それはそれで良し。予期せぬアクシデントも、愛を持って楽しんでいけたら。