「ひな鳥への心配」。
今は誰も住んでいない実家は、それでも事情があって、そのままになっている。
時々、通って、空気を入れ替えたり、庭の整理をしたりしている。
春から初夏にかけて、実家の室内で、鳥の声が聞こえてくる時があった。
雨戸
まだ全部雨戸が閉まっている2階へ向かって階段を上がると、どこからか、ピヨピヨと、チュンチュンの間くらい、明らかに幼い小鳥の声がした。
一瞬、部屋の中なのか、と思って、2階にある2部屋のあちこちを見たが、いない。
外からか、と思ったが、もう少し声がこもっている。
基本的に窓を全部開けるから、雨戸も開ける。
そのうちの一つの雨戸が、開かない。
戸袋に何かがひっかっかって、そして、もう一回、ぐっと押したら、少しだけ動いて、その時に、小さな鳥の声が激しくなった。
雨戸が開かなかったのは、天袋に、鳥の巣ができていて、そこにワラのようなものがぎっしり詰まっていたのだった。
押すと、鳴く。
だから、最初に雨戸を開けられる分だけを開けて、あとはあきらめることにした。
それから、毎年、雨戸の戸袋に、鳥の巣ができて、小鳥の声が聞こえてくるようになった。
そのうちに、どんどんその雨戸は開かなくなって、今では、2センチくらいしか開かなくなっている。
二つ目の巣
それに慣れて、実家に行って、小鳥の鳴き声が聞こえても、気にならなくなり、今年も来たんだ、と思うようになった。
それが何年か続き、その雨戸は、廊下に面していたのだけど、今度は、2階にある一部屋のうち、お隣さんに面した雨戸を開けようとしたとき、小鳥の声が聞こえた。
さっきは、いつもの戸袋からも声が聞こえたから、別の鳥の声だった。
いつも空き家であることが多いとはいえ、確かに雨戸の戸袋は、巣を作るのに適していそうだけど、知らないうちに、同じ家に二ヶ所の鳥の巣はできないと思い込んでいた。
それで、新しい方は、もう少し開くのでは、と思って、サッシの窓ガラスを開けてから、雨戸を開けた。
古い方と比べると、まだスムーズに開く。
半分くらい開けたら、動かなくなってきたが、すぐそばの、正面の家の窓から顔が出てきて、声をかけられた。
隣人
古くからのお隣さんは引っ越して、そのあとに更地になり、新しく家が建てられ、そこにやってきた若いご夫婦がいた。以前、粗品を持って、ご挨拶をしたはずだったけれど、一瞬、誰かわからなかった。
「隣の〇〇です」とわざわざ名乗ってくれた。
その女性は、「その鳥のことなんですけど…」と、遠慮がちに話を始めた。
てっきり苦情ではないかと、気持ちがちょっと身構えた。そこに巣ができて、ひな鳥が巣立つまでに、親鳥が頻繁にやってくることになる。そうすると、そこでフンを落としたりして、迷惑もかけることも考えられるからだ。
「はい、なんでしょう」
それで、あやまろうと思い、同時に、ここに巣を作らせないためには、どうすればいいかも、ちょっと考え、だけど、実は、けっこう難しいことに気づいたのだけど、わずかの間のことだから、当然ながら、いい考えなどが浮かぶわけもなかった。
そんなことを考えているとは、おそらく全く予想していなかったと思うけれど、そのお隣の女性は、こんな言葉を続けた。
予想外の言葉
…最近、リモートワークが多くなって、家で仕事をすることが多くなったんです。
それで、2階のこの部屋にいることが多くなって。
そうしたら、鳥の声が聞こえてくることに気がついて、窓を開けたら、そちらの雨戸のところに巣が出来ていて、そこに親鳥がエサを運んでくるのに気がついたんですね。
そういう光景とか、小さい鳥の鳴き声とか。仕事をしている時に、すごく、気持ちが癒されるというか…。
それで、すみませんが、そちらの家のことなので、いうのは図々しいというか、申し訳なのですが、巣立つまで、そのままにしておいてくれませんか。
雨戸を開ける音が聞こえて、全部、開けてしまったら、巣が壊れてしまうように思ったので…。
こちらは全く予想できない答えだった。
優しい人が、新しくお隣さんになってくれてよかった。
こんなに、ここは、空き家になっていて、いろいろなネガティブな思いもあるはずなのに、そんなことを言ってくれた。
なんだか、少し混乱したけれど、お礼を伝えていたと思う。
それからは、春から初夏にかけて、その戸袋にも鳥が来るようになり、だけど、その雨戸は開けずに、別の窓を開けて、空気を通すようにしている。
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