【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十話 前編 出立
[第三十話 前編]出立
バークヒルズの小高い丘の上を朝日が昇っていた。カズラはそれを黙って見つめていた。
ジェシー・ローズが町角から姿を現す。細かい刺繍が施された布製の古びたショルダーバッグを担いでいた。
「来たか」
「当然だ」
「何だそのバッグ?」
「医療器具が入ってる。現地で何があるかわからないからな」
「そんなノスタルジックなカバン持ってたら一発でバークヒルズの人間だってバレるぞ」
「そうなのか?」
「これに詰め直せ。入らなかった分は現地調達する」
カズラは自分のスーツケースに入れていたサブバッグをジェシーに貸した。ジェシーは黙って受け取り、中に入っていた物を入れ替える。
そうこうしていると、続々と他のメンバーも集まってきた。最初に来たのはパリスとニッキーだった。
「おはようございます」
パリスはシャキッと挨拶をした。
「おはようございまぁす」
ニッキーはあくびをしていた。
「おぉ! 皆、早いなあ!」
コーディが遠くの方から手を振る。
「あ、コーディさん! おはようございまぁす!」
ニッキーがコーディに手を振り返す。
ジェシーが黒いペラペラのサブバッグに自分の荷物を入れ替えているのをパリスは何の気なしに見ていた。
ジェシーのショルダーバッグの中からは消毒液やガーゼ、ピンセットなど、ありとあらゆる医療器具が次から次へと出てきた。どうやってそんなに詰め込んだのかと疑うほどだった。ジェシーが細長い指先でガバッと沢山の医療器具を掴んでサブバッグに移動させるほんの一瞬、ピンク色の何かが医療器具に混じっていたのをパリスは見た。
「それ、何ですか?」
「いや、何でもない」
ジェシーの返答は早かった。何か見られてはいけない物だったのだろうか。
「あ、アトラスさん達来た!」
ニッキーが叫んだ。寝ぼけまなこのアトラスをジョンとハーディが立たせて歩かせていた。
「みんなぁ……おはよぉ……」
アトラスは最近は随分と早くに起きられるようになったが、それでも夜明け前に起き出すのは難しかったらしい。アトラスが寝坊常習犯なことは全員分かり切っている事実なので誰も何も言わなかった。
「うっす」
ジョンは素っ気ない挨拶をした。
「カズラさん。皆を、アマンダをよろしくお願いいたします」
ハーディはカズラに深く頭を下げた。バークヒルズに残る幹部はハーディとローディだけになる。肝心のバークが所在不明の今、彼らだけがバークヒルズを守れる人材だった。その責任を一手に引き受けると決意した背中がそこにはあった。
「アンタらも気を付けろよ。もしかしたらリヴォルタの調査が入るかもしれない。その時に幹部がしっかりしていなかったら、外に出た人間の身にも危険が及ぶ」
「わかっています。俺達は一刻も早く復興して、今まで通りの生活を取り戻すことに全力を注ぎます」
「ああ。それと有力な情報を一つ教えてやる」
「何ですか?」
「リヴォルタはバークヒルズが襲撃されたことは知っている。もしもアトラス・サンジェルマンやジェシー・ローズなどの主要な幹部はどこかと聞かれたら、襲撃で死んだと言えば疑われない」
「なるほど。情報、ありがとうございます」
「それじゃ、私達は行くぞ」
ジェシーがショルダーバッグをハーディに渡した。
「ハーディ兄さん。これ、僕の部屋に置いといてくれない?」
「ああ。やっとくよ」
「ありがとう」
ジェシーのそばにいるコーディとハーディが視線を交わらせた。
「行ってくるよ」
「ああ。頼んだぞ」
カズラはまだ暗い北西に向かって歩き出した。ハーディ以外のメンバーも一緒に歩き出す。
ジェシーは少し目が覚めてきたアトラスの隣にさりげなく移動して小さい声で話しかけた。
「アトラス兄さん、ドロシーとは別れの挨拶しなくていいの?」
「あ、うん……別にいいんだよ」
「本当に? 今度いつ会えるかわからないんだよ。もしかしたらもう一生会えないかもしれない。この旅は多分そういう類のものだ。命をいつ狙われてもおかしくない」
「大丈夫だよ。ドロシーもわかってくれる」
5分か10分歩いただろうか。丘の頂上付近まで一行は到達した。だいぶ空が白んできて美しいバークヒルズの風景が日光で眩しく輝いていた。
「あれ、誰かいるよ? おーい!」
ニッキーが後ろに向かって手を振る。丘のずっと下の方にいる人は大きく振り返した。
「ドロシーさん!」
ニッキーの声でアトラスははっと振り返った。
「またねー!」
ニッキーが無邪気に手を振る横をアトラスは猛スピードで駆け下りていった。ドロシーもそれに気付いたようだった。丘をせっせと登ってアトラスに近づこうとする。
「ドロシー!」
アトラスはドロシーの両手を掴んだ。
「何も言わずに行こうとしてごめんね。僕はその……何て言ったらいいかわからなくて」
「いいんです、アトラスさん。だって戻ってきてくれたじゃないですか」
「必ず帰るから。その時は君の好きそうなワインを手土産にするよ。それまで待ってて」
「私のワインの好みまで把握してたんですか?」
「見てたらわかるよ。うん。なんだか最近自分が自分じゃないみたいだったけど、それだけはしっかり覚えてる」
「じゃあ、楽しみにしています」
「ありがとう……待ってて……」
アトラスはゆっくりドロシーの手を放した。振り返り、丘を見上げると、カズラ達は歩みを止めてアトラスを待っていた。