【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十二話 Ⅰ ギャング病院の不屈の魂
[第二十二話 Ⅰ]ギャング病院の不屈の魂
デヴィッドの咄嗟の判断で一命を取り留めたパリスはギャング病院からの脱出を試みていた。ほとんど即死だったデヴィッドはパリスに完全に覆い被さり、パリスの白衣を血で染めていた。
「ううう……ダメだ……」
小柄なパリスの力ではぐったりと倒れ込むデヴィッドを少しも動かすことができなかった。パリスは辺りに焦げ臭い匂いが充満してきているのを感じていた。火事だ。おそらく敵がギャング病院の建物に火を付けたのだ。
パリスはこれはまずいと思い、デヴィッドの体を横にズラして起き上がろうとした。熱せられた空気がパリスの元まで届く。パリスは汗ばむと同時に焦り始める。
「ぐっ……うりゃあああ……!」
パリスは自分でも初めて聞くような声を出しながらデヴィッドを横に倒そうと踏ん張る。ほんの少しだけデヴィッドが浮き上がった気がした。
「やあ!! おりゃあ!! ふうう!!」
それは火事場の馬鹿力というやつだった。パリスからしてみればデヴィッドは倍近くも重い。しかも相手はもう自分では体を起こすことも体勢を整えることもできない。そんなデヴィッドの体をパリスは少しずつ持ち上げ、自分が出られるスペースを作った。足を動かして少しずつデヴィッドの下から這い出ようとする。
「誰かいるのか!?」
廊下から誰かが顔を出した。パリスの叫び声を聞いて駆け付けた味方だった。
「ローディさん!!」
「パリス!?」
ローディはすぐに状況を理解してパリスを助けようとデヴィッドの体をどけた。
「病院が燃えてるでしょ? 薬を持ち出さなきゃ!」
パリスは礼も言わずにローディを置いてきぼりにして薬品棚へと急いだ。
「おい! 待て!」
ローディはデヴィッドを丁寧に寝かせてからパリスを追いかける。
パリスは薬品棚にある薬品を片っ端からカバンに詰めた。
「ローディさんも早く!」
ローディもパリスと一緒になって手当たり次第に薬をカバンに突っ込む。
「パリス、こんなもんで十分だ! 早く出よう!!」
パリスも薬品がカバンから飛び出しそうなのを確認し、ローディの言う通りにする。2人は窓から飛び出し、脱出した。
「ギャングの敷地は危険だ。まずはここを出ることが最優先」
ローディが建物の壁に背中をピタリとつける。パリスも後ろで同じようにする。
ローディは頃合いを見て宿舎の食堂の壁へ向かって走る。
と、その時、待ち構えていたかのように砲弾のような何かがローディに向かって飛んできた。
ドォン!
パリスは目の前で何が起きたのかわからなかった。
「ぐあぁ!!」
砲弾はローディの足元に着弾した。ローディの体は宙を浮いていた。左足がどこかへ吹っ飛んでいった。
「ローディさん!!」
「来るな!!」
飛び出そうとしたパリスをローディが止めた。
「イエーイ! 1人撃墜!!」
「やるじゃん!!」
車に乗った若者達が楽し気に叫んでいた。窓から何やら大きな筒状の物が飛び出ている。あれが砲弾を発射した武器なのだろう。若者達の車はパリスには気付かず通り過ぎていった。
「パリス!!」
ローディは地面に尻餅をついたままパリスに叫んだ。左足の太ももからドクドクと血が流れ出ている。
「君だけでも早く逃げろ!」
パリスはその場から動こうとしなかった。
「冗談言わないでください、ローディさん」
パリスの心の中に恐怖でも悲しみでもないものが渦巻いていた。
「冗談じゃない! 早く行くんだ!」
パリスはドンと自分の胸に拳を打ちつけた。
「いきなりこんなむごいことをされて黙って逃げろと言うんですか!!」
「今はそんなことを言っている場合じゃない!」
「ふざけないでください! 私はギャング病院の看護助手です。助けられる命を目の前にして、自分の命惜しさに逃げるような真似はしません!」
「パリス! 俺のことはいい! 逃げろ!」
パリスは建物の陰から一歩前へ出た。何が何でもローディを助ける。パリスの思考はそれだけだった。いつも通りの日常をいきなり無下に壊された怒りがパリスを奮い立たせていた。
パリスはローディの前まで来ると、肩を貸しローディを立たせた。
「デヴィッドが私を生かしてくれたんです。この命は私だけのものじゃない。この命はバークヒルズの皆のためにあるんです」
ローディはそれ以上何も言わなかった。
パリスはここに留まるのは危険と判断し、まずは一目を避けて食堂へローディを運ぶことにした。ローディを支えてゆっくりと食堂に向かっていく。数分で食堂の玄関に到着し、パリスはローディを壁際に座らせた。
「止血しますよ」
ローディは汗ばんでいたが意識ははっきりしていた。パリスは念のため呼吸、脈拍共に安定していることを確かめ、落ち着いて治療に当たる。
ローディの左足に包帯を巻き終え、パリスは一息ついた。
「ローディさん。もう大丈夫です。ゆっくり休んで回復してください」
ローディは頷くと、眠りに落ちた。緊張が一気に解けたようだった。
パリスはしんと静まり返った食堂の玄関でへたり込んだ。疲れがどっと押し寄せた。
「うう……誰か……」
食堂から人の声が聞こえてきた気がした。パリスは耳を澄ます。
呻き声のようなものが食堂の奥から聞こえてくる。事態の異常さを改めてパリスは実感した。立ち上がり、トボトボと歩き始める。
パリスは食堂に入った。そこには恐ろしい光景が広がっていた。
テーブルがひっくり返り、あちこちに血しぶきが飛び散り、死体が転がり、血の海にパンがいくつも浮かんでいた。ギャング病院と同じく、食堂も襲撃を受けた後だった。
「ひいぃっ……!!」
パリスは思わず後ずさった。
「ジェシーさん……どうしよう……ジェシーさん……!!」
「パリス……!」
錯乱して廊下で叫び声を上げるパリスに気付いたのはドロシーだった。
「大丈夫よ、パリス。いいところに来てくれた。あなたの力が必要よ!」
「ドロシーさん……?」
ドロシーはパリスの精神状態がおかしいことに気付いていた。だがあえてそれは無視した。パリスは責任感が強いから役割を与えれば正気に戻ると思ったのだ。
「患者が待ってるわ。お願い、手伝って!」
「はい……!」
パリスの目に力が戻った。
「重傷患者を優先的に治療します! 歩ける人は重傷者をこちらへ!」
パリスの指示で食堂内にいた人間が一斉に動き始めた。