【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十三話 前編 協力者
[第三十三話 前編]協力者
バークヒルズの面々はカズラに言われるがままに真っ白な高級車に乗せられ、どこぞへと運ばれていた。質のいい革の座席シートと赤絨毯が妙に落ち着かない。窓にはカーテンがされていて通りを眺めることさえできなかった。
「ねえ、ジョン。この車、どこに向かってるんだろう」
「わからない。でも、多分普通の所じゃない」
「だよね」
ジョンの口調が堅いのでニッキーは安堵した。何やら普通じゃなさそうだという緊張はニッキーだけのものではないとわかったからだ。
車がカーブしながらゆっくりと止まる。反動の少ない綺麗なブレーキの踏み方だった。
「着きました」
「うん」
運転手がカズラに伝える。カズラはドアを開けてバークヒルズの面々に車を降りるよう手で合図する。バークヒルズの面々は車外に出て、目の前の光景に息をのんだ。
「おお……」
「広い……」
手入れの行き届いた庭園が遠くまで広がっていた。黒い大きな門の向こうも木々に覆われて先が見えなかった。
いかにも高級そうな庭園の反対側には大きな屋敷がそびえ立っていた。
「お嬢様、こちらへ」
お仕着せを着たメイドが出迎え、カズラ達を屋敷へと案内する。
「さっきお嬢様って言わなかったか?」
「さあ。カズラさんって何者なんだろう」
ジョンとニッキーがひそひそ声で疑問を口にする。カズラの態度は安いホテルにいる時から変わらないが、周りの空気が彼女をタダモノではない感じに仕立て上げていた。
カズラ達は全面ガラス張りで庭の草木が一望できる円形の部屋に通された。すぐさまメイド達が紅茶とお菓子を運んでくる。
「ソウヤ様はすぐお見えになります」
「わかった」
メイドは人数分のカップに紅茶を注ぎ、各人の前にカップを置いて回ると部屋を出て行った。
「そんなに堅苦しくしなくていいぞ」
カズラがイスに座って足を組んで紅茶を飲む。
ジョンとニッキーは苦笑いで返したが内心の緊張は解けようがなかった。
「そうはいってもカズラさん。この子達はこういう場所は初めてなんだよ」
アトラスはリラックスした様子だ。ジェシーとコーディもかしこまった場での振る舞い方はある程度心得ている。性格がきちんとしているパリスも姿勢よくイスに腰かけて落ち着いていた。
「ジョンもニッキーも普通にしてたら大丈夫だから、くつろいでいいんだよ」
アトラスは言いながら出された紅茶に口をつける。
「むむっ。これおいしいね」
アトラスの反応にカズラは嬉しがった。
「イグニスに流通している紅茶の中でも最上級の茶葉だ。いいだろ?」
「そうなんだ。芳醇な香りといい、赤い色合いといい、いいものは違うね」
「アトラスは紅茶が好きなんだったな」
「そうだけど、何で知ってるの?」
「あぁ……、アマンダが言ってたから」
一同の空気が変わる。
「アトラスが飲んでいた紅茶と同じのがリヴォルタの施設でも飲めるんだ。アマンダはそれを自分の部屋に持って行って頻繁に飲んでたよ」
「アマンダ、そんなことしてたんだ」
リヴォルタに行ってからのアマンダの話に一同は感慨深くなった。
ニッキーも紅茶を一口飲んでみた。アトラスの部屋で飲んだ紅茶とは格段に違うフルーティな香りが口いっぱいに広がった。
「アマンダに早く会いたい」
静まりかけた室内に勢いよくドアの音が響いた。
「やあ、諸君! 待たせたねぇっ!」
一同が呆気に取られていると、背が高くがっしりとしたスーツの赤ら顔の男が部屋に入ってきた。グレー混じりの黒髪がカズラと血縁であることをうかがわせた。
「おじさん!」
「おおっ! カズラ! よく来たなぁっ!」
カズラは男に飛びつく。男はカズラの頭を撫でた。2人はとても親し気だった。
「それで、この人達が例の?」
男はバークヒルズの面々を指して言う。
「そうだよ」
男はカズラを横に移動させ、バークヒルズから来た人間1人1人の目をしっかりと見てから深々と頭を下げた。
「カズラが世話になっている。私からもお礼を言わせていただきたい」
ソウヤは10秒間頭を下げたままピクリとも動かなかった。一同はその所作の凄みに圧倒されてどうしたらいいかわからなかった。
「アケボシ式の感謝の表し方だよ。君達もよく見ておくんだ」
アトラスが男の前に出て同じように頭を下げる。
「こちらこそ、危険に巻き込むことになってしまい申し訳ございません。僕達の妹を探すために力を貸してくださり感謝しています」
「いいやっ! このくらいいくらでも! カズラの友人のためなら何でもしますとも! 私はぁっ!!」
男がアトラスの手を握ってブンブンと縦に振る。アトラスはその勢いに押されて頭をブンブン振った。
「申し遅れたっ! 私はカズラの親戚でね、ソウヤ・コガといいます。うちの家系は代々国会議員なもので、このような派手な屋敷に住んでおりますが、私自身はしがない事務員をやらせてもらっています。どうぞよろしくお願いいたす次第です!」
腹の底からよく響く声でソウヤは自己紹介した。体つきといい、大声といい、何から何まで圧倒されるようなオーラを放っていた。
一方のアトラスは涼やかな声で自己紹介とバークヒルズの面々の紹介を始めた。
「アトラス・サンジェルマンです。バークヒルズでは幹部として町の運営に携わっていました。こっちは幹部の1人のジェシー・ローズ、それからこの2人は部下のコーディとジョンです。皆、アマンダの兄達です」
「よろしくお願いします」
ジェシーがソウヤと同じように腰を直角に曲げて頭を下げる。体幹が鍛えられたジェシーのお辞儀はそれは綺麗なものだった。
ソウヤはジェシーの声を聞いて驚いていた顔をしたが、何も言わなかった。
「そして、この2人がパリス・ミュラーとニッキー・レアドです。ニッキーは以前はアマンダととても仲良くしてくれていました。彼女が最もアマンダに会いたがっていると思います」
「そうか。それは寂しいな」
「アマンダに一日でも早く会えるよう私からもお願いします」
ニッキーも頭を下げた。直角とまではいかないが、背筋のピンと伸びたいいお辞儀だった。
「君達は大事な妹や友のために遠路はるばる……うぅっ……!」
ソウヤはジェシーとニッキーのお辞儀する姿に涙ぐんだ。
「もう、おじさん、何泣いてるんだよ」
カズラがメイドにティッシュを持ってこさせてソウヤに渡した。
「いや、すまない。私は情に熱い質でな、こういう雰囲気には弱いんだ……」
ソウヤが涙を拭いているのを一同はぼんやりしながら待っていた。ソウヤは部屋に入ってくるなり注目を自分に集中させてしまった。とてもパワーのある人間だ。ソウヤが何かを始めない限りこの場は何も動かないだろうと誰もが感じていた。
「それでは、作戦会議といこう。カズラ! 来なさい」
気を取り直したソウヤが大声で宣言する。
「バークヒルズの諸君の目的は、諸君の妹君アマンダ・ネイルさんの奪還だと言ったね。それらしき少女がリヴォルタのCOOで私の古くからの友人アンドリュー・イーデルステインの妻スカーレットと一緒にいるところを目撃したという情報が入っている」
ソウヤが1枚の写真をテーブルに置く。ピントの合っていない写真だったが、辛うじて金髪でスーツの少女が写っているのだけは判別できた。
「アマンダだ!」
ニッキーとジョンが写真に群がって叫ぶ。
「調べたところ、彼女は同年代の少年と共にフレイムシティを訪れ、イーデルステイン夫人の護衛をしているそうだ」
「その少年は多分ピートだ。アマンダとは仲が良かったし、同じヘリコプターでフレイムシティに向かったから」
カズラが補足した。
「ピート……。私達がウェイストランドで見た黒人の男の子ね」
ニッキーはカズラに目を向ける。カズラは表情を変えずにうなずいた。
「そうだ」
「生きてたの、彼」
「リヴォルタの医療技術のおかげでな」
ソウヤが2人の間に割って入って本題を続けようとする。
「ふむ。基本的にアマンダとピートはイーデルステイン夫人とその周囲の人間と片時も離れずに生活の世話をしているようだ。アマンダが1人になることは滅多にない。では、どう近づくか。私に提案がある」
ソウヤがスーツの胸ポケットからバッジを取り出した。
「アンドリュー・イーデルステインは今期のフレイムシティ市長選に出馬している。これは支持者がつけるバッジだ。私は同じ党の一員として彼の選挙活動の手伝いをしているのだ」
バッジは金に赤文字でフレイムシティの”F”とイーデルステインの”E”が重なり合った洗練されたデザインをしていた。
「2ヶ月後、イーデルステイン夫人が選挙応援パーティに出席する。妊娠中の彼女が表舞台に立つのはそれが最初で最後だ。アマンダも護衛として会場に配備されるだろう。我々はその機にアマンダと接触するより他はない!」
「なるほど! そこへ行けばアマンダに会えるのね!」
「だがしかぁし!!」
ニッキーの喜ぶ声を遮ってソウヤはさらに大きな声を張り上げた。
「そのパーティに違和感なく潜り込める人間は1名のみだ。私の同行者として誰か1名だけを連れて行く。その任はとても重く、緊張を要するものだ。誰とも面識のない者が望ましいし、万が一の場合、自力で逃げられる能力が必要になる」
「なら私は、ピートに顔を知られているからダメだわ……」
ニッキーは肩を落とした。パリスがニッキーを慰めようと手を握る。
「私の連れとして最も自然に紹介できるのは女性だ。男を連れて行くのも悪くはないが、女性なら警戒される可能性は格段に低くなる。パリスさんはどうかね?」
「私が行っても、アマンダのためにはならないと思います。私はそれほどアマンダと親しくはないので」
パリスはニッキーに気を遣って言ったのではなかった。本当に自分は適任ではないと思ったのだ。アマンダと会いたがっていたニッキーや直接謝りたいジェシーと違って、パリスはジェシーのそばにいるためだけにこの旅に加わったからだ。
「う~む。ではどうしたらいいかなぁ……」
ソウヤも頭を抱えてしまう。その時、カズラが中心に出てきた。
「おじさん! ジェシーを連れていけばいいんだよ」
「はぁ!? 何で僕が?」
「おじさん、一瞬ジェシーのこと女だと思ったろ。声聞いてビックリしてたもんな。化粧したらもっとわかんなくなるぜ。まさかバークヒルズの幹部が妹に会うために女装までしてこんな遠くまで来るなんて誰も思わない。そこを利用させてもらうんだよ」
「それは……いいのか……?」
ソウヤは戸惑いながらジェシーの顔色を見る。ジェシーはカズラとソウヤを交互に見て困惑の表情を浮かべている。
「おい、ジェシー。どうなんだよ」
カズラがジェシーの前に立つ。カズラの目は全く笑っていなかった。その目は本気だ。ジェシーならこの任務を最も上手くこなせると信じている目だった。自分よりも背が高い女に凄まれて、黙っていられるジェシーではなかった。
「僕は……アマンダのためなら何だってするよ。バークヒルズを出た時に決めたんだ。それが一番周囲の目を欺けて、危険が少ない選択なら、僕が喜んで引き受ける」
「じゃあ決まりだな!」
カズラはジェシーをソウヤのそばに引っ張った。
「それじゃおじさん、ジェシーのことよろしくな。選挙応援パーティに出てもおかしくない淑女に仕立て上げてやってくれよ。私らがおじさんと一緒にいるの見られるとまずいから、なるべく関わらないようにするからさ」
カズラはアトラスに目配せして部屋を出ようとする。アトラスも何かを察して一緒に動こうとするが、2人ともソウヤに止められた。
「おい、待て待て。何を言っているんだ、カズラ。ここでしばらく潜伏するんじゃないのか?」
「えー、だってここ堅苦しいんだもん。私はもうちょっと気軽にいられるとこで寝起きしたいんだよ」
「でも、生活費はどうするんだ? 小遣いをやるにも限度ってもんがあるぞ」
「あー、それもそうだな」
カズラは少し考えてから、バークヒルズの面々の方に向いた。
「当面の生活費稼ぐから、お前らバイトしろ」
「えぇっ!?」
こうしてカズラ達一行のフレイムシティでの生活が始まった。