【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十二話 Ⅱ 対立構造
[第二十二話 Ⅱ]対立構造
ギャングの宿舎の裏から外へ出たジークフリートはすぐにCOCOの追手に行く手を阻まれた。
「いたぞ!」
「幹部のアトラス・サンジェルマンだ!」
ジョンは迂回して敵から距離を取って逃げようと手綱を操る。だが、大勢の敵に囲まれてジークフリートは動けなくなった。
「何だ、コイツら」
ジョンは当然の疑問を口にした。敵はCOCOの黒服ばかりではなかった。老人や主婦など、武器を持ったこともなさそうな一般市民が大半だった。
「この人達何なの?」
ニッキーも想定外の事態に困惑する。
「私達は“選ばれた市民の集い”。バークヒルズを潰すために来たのよ!!」
主婦の1人が扱い慣れていないピストルを両手で力強く構える。
「だったら話が早いわね」
ニッキーは足でジークフリートをけしかける。
「バークヒルズのギャングの強さを舐めないでよね!!」
ニッキーが威勢よく啖呵を切る。手には銀色の光沢が眩しいユリーカ・サンジェルマンの銃が握られている。
「どきなさいよ!!」
ジークフリートが強引に敵を蹴散らして正面突破する。敵は連続で各々の武器を発射してくる。しかし、慣れていないので全くかすりもしない。
「下手くそ! それじゃアマンダにも及ばないわよ!」
ケラケラと笑うニッキーが遠ざかっていくのを敵は悔しそうに見送った。
だが、順調なのもそこまでだった。
「そこまでだぜ、アマンダ特別部隊」
「それよりアトラス部隊みてえになってんじゃねえか」
ジークフリートが急ブレーキをかけて立ち止まった。ジョンは前方で待ち構えていた男2人の姿に目を疑った。
「バティラ兄弟……!?」
そこにはすっかり火傷跡が消えたバティラ兄弟が立っていた。
「お前ら、火傷跡はどうした!?」
ジョンは元通りの肌色の腕をした2人に驚いていた。
「へへへ、いいだろう? 導師様が消してくれたんだ」
「もう痛くもなんともないんだぜ」
バティラ兄弟は自慢げに袖をまくって腕を見せる。
「ジョン、こいつらに構ってる暇はないよ」
ニッキーが後ろからジョンに釘を刺す。アトラスの意識がなくなりかけていることにニッキーは気付いていた。
「わかってる」
ジョンも小声でニッキーに返事をする。
バティラ兄弟はそんなことには構わず自分達の話を続けていた。
「お前ら、俺達がギャングを追い出されたかわいそうなやつらだと思ってただろ?」
「ところがどっこい、俺達はもっといい場所に今いるんだ」
「“選ばれた市民の集い”ってとこだ。導師様が率いている反コピア団体の」
「俺達はコピアによって人生を台無しにされたが、もうそうはいかねえってことだよ!」
バティラ兄弟が2人同時にジークフリートにナイフを向けてきた。ジョンはジークフリートの手綱を引っ張って回避しようとするが、3人乗せたジークフリートは思うように方向転換できない。
「クソッ!!」
「おらあああああ!!」
スエックのナイフがジークフリートに突き刺さる直前、何者かがスエックに体当たりをした。ジークフリートはその隙にバティラ兄弟と距離を置く。
「ジョン、大丈夫か?」
何者かが叫ぶ。それはバークヒルズで第一を誇る巨体の持ち主だった。
「グレイブ兄さん……!」
グレイブはアトラスの危機を知って駆け付けたのだった。
スエックがやられたことで、トマスも一度下がって様子を見ていた。スエックは砂を吐いて立ち上がる。
「グレイブ兄さん、お久しぶりですね」
「アンタのことは今でも恨んでますよ」
「でも感謝もしてるんです」
「だって俺達、今、もっと幸せだから」
グレイブはバティラ兄弟の話を適当に聞き流した。指をポキポキと鳴らして、首を回している。
「スエック、トマス。てめえら最近見かけねえと思ったら、バークヒルズの外に行ってたのか。それがどれだけ重大なことかわかっててやってるんだろうな?」
「うるせえぞ!!」
「もうアンタの言いなりになんかならねえんだよ!!」
グレイブとバティラ兄弟が乱闘を始めた。
「ジョン!! 早く行け!!」
グレイブはスエックとトマス2人を同時に相手しながらジョンに向かって叫んだ。
「グレイブ兄さん!!」
「アトラス兄さんを!! 頼む!!」
その後ろ姿は頼もしかったが、ジョンはすぐにその場を離れられなかった。
「ジョン、もたもたしないで!」
「でも、グレイブ兄さんが……!」
「ジークフリート! 行って!」
ニッキーがジークフリートの尻を蹴って合図を送る。ジークフリートはそれに応えて走り出した。
「させねえよ!!」
その時、トマスが背中に隠していたピストルを取り出す。
「ジョン!!」
グレイブが叫んだ。トマスはピストルを一発撃った。ジークフリートの進行方向に真っ直ぐ銃弾は発射された。ジョンは手綱を反対方向に引っ張る。だが、勢いよく走り出したジークフリートはすぐに方向転換できない。
「ヒヒン……!!」
1頭の馬が倒れた。ドサッという音でアトラスは顔を上げる。目を見開いて、アトラスはその光景を見た。
「プリマ……!!」
ジークフリートは反対方向に走り出していた。
「アトラスさん、目が覚めたならしっかりして!!」
ニッキーがアトラスの背中をぐっと押し込む。
「でもプリマが……!」
「アトラスさん!!」
ジークフリートはどんどんとプリマドンナから遠ざかっていった。銃弾が通過したプリマドンナの胴体からはじわじわと血が流れ出ていた。
「何で……」
アトラスは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。プリマドンナが生まれた時から今までのことがいくつも思い出された。無邪気で溌剌としていて好奇心旺盛で、主人であるアトラスとは対極の性格のかわいい馬だった。
ジークフリートはなおもプリマドンナから遠ざかっていった。今はそれが最善の選択だった。アトラスの泣き声を背中に聞きながら、ジョンは何も言わずにジークフリートを走らせ続けた。