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【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十五話 後編 キャシー・ベリー作戦③
[第三十五話 後編]キャシー・ベリー作戦③
司会によるちょっとした挨拶が済むと、選挙応援パーティは和やかな雰囲気に包まれた。ワイン片手に有力者同士が和気あいあいとおしゃべりに勤しんでいる。
キャシー・ベリーとして会話に混ざっていたジェシーもその輪の中に入っていた。不思議なことに、フレイムシティの有力者の社交界にキャシー・ベリーという架空の人物は自然に受け入れられた。この美しい人は誰なのかと皆が知りたがり、キャシー・ベリーに話しかけた。大勢の人を相手にしているうちに設定に尾ひれがついて、いつしかキャシー・ベリーはハプサル州の寂れた芝居小屋で古風な演出の舞台をやっている女優ということになっていた。
国会議員の血縁のソウヤの同伴者とはいえ、初めて会う正体不明の美貌の持ち主に分け隔てなく接してくれるフレイムシティの有力者達にジェシーは次第に心を許していった。何人かの人達はキャシー・ベリーが男だと気付いたような瞬間が見受けられた。しかし、彼らはそれを表に出さず、目の前のキャシー・ベリーを真っ直ぐに見てくれた。男か女か関係なく、田舎出身か都会出身かに関わらず、誰もが気さくに話しかけてくれるこの場はとても居心地がよかった。ジェシーは彼らの寛大さに支えられ、スター級の演技力で架空の女優キャシー・ベリーを演じてみせた。
しかし、ジェシーが積極的に有力者達と会話をしていたのはパーティを楽しむためではない。アマンダを連れ帰るという任務を気取られないよう、自身をその場に溶け込ませるためだ。ジェシーは会話をしながらも会場全体に気を配り、スカーレット・イーデルステインを探した。アマンダは必ずスカーレットの近くにいる。ソウヤの話では人懐っこいスカーレットは妊娠中でも構わず招待客に挨拶をしに来るだろうとのことだ。こうして楽しく会話をしていれば、スカーレットも気になってこちらへ来るかもしれない。その時はアマンダも一緒だ。ジェシーはその機会を逃すまいとしていた。
「ねえ、それ、ピンクトパーズじゃない?」
突然、ジェシーは後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには背の低い小太りな若い女性が立っていた。
「ピンクトパーズ?」
「そう、あなたがつけている髪飾り、ピンクトパーズよね?」
女性はローズ家の花の髪飾りをさして言った。落ち着いた紺色のゆったりしたドレスに身を包んだその女性は無意識にお腹に手を当てて撫でている。その動作で彼女が妊婦だとジェシーは察した。
「あら、ごめんなさい。これは祖母から代々受け継いでいる物で、私には詳細はわからないんですの」
ジェシーは高ぶる気持ちを抑えて返事をした。この女性はスカーレット・イーデルステインに違いないとジェシーは確信していた。解像度の低い写真でしか見たことがないが、苦労を知らない金持ちの若奥様の雰囲気がにじみ出ている。
ジェシーがやっとの思いで答えると、女性はぽかーんと口を開けて黙ってしまった。
「どうかなさって?」
ジェシーは不安になった。何かおかしな素振りを見せただろうか。ジェシーは咄嗟に口をついて出た言葉を脳内で思い出してみる。特に問題はなかったはずだ。ならば、この反応は何なのか。
「こんな所にいたんですか。あまりはしゃぎすぎないでください」
スーツを着た紫色の髪の女性が離れた所から女性に声をかける。その後ろには金髪の女性らしき姿も見える。紺色ドレスの女性は2人の姿を見つけると嬉しそうに手招きした。
「あ、やっと来た。こっちこっち!」
スーツの女性達は招待客に詫びを入れながらこちらに向かってくる。金髪の女性の横顔がチラっとジェシーの視界に映る。
緑色の瞳、長くてきれいなストレートヘアの金髪。それは数ヶ月の時を経て、より一層魅力を増して、ジェシーの目の前に現れたのだった。
「もう、スカーレットさん。危ないですよ」
スーツの金髪の女性があどけない声で紺色ドレスの女性に注意をする。やはりこの女性がスカーレット・イーデルステインだった。護衛対象で雇い主の妻であるスカーレットと友達のような距離感で親し気に話すアマンダは大人の雰囲気を醸し出していた。
「アマンダ。心配しなくてもこのくらい平気よ」
スカーレットはそう言いつつもお腹を無意識に撫でている。アマンダはその様子が気になるのか、しつこくスカーレットに休憩するよう諭していた。
「わかったよ、アマンダ。ほとんどのゲストには挨拶できたと思うから、向こうで座って待つことにするよ」
スカーレットは最後に挨拶をと思ったのか、ジェシーに向き直ってしっかりと目を見つめた。
「ごめんなさいね。随分古風な話し方をする人なんだなと思って、ビックリしちゃったの。気にしないで!」
「いえ、これは昔からの癖で。恐縮ですわ」
ジェシーは話しながらアマンダが気になって仕方がなかった。アマンダはキャシー・ベリーという架空の人物に扮したジェシーを何の気なしにじっと見ている。ジェシーはアマンダに正体がバレやしないかと冷や汗をかいたが、アマンダは興味なさそうに目を逸らした。
「夫人がどうもお世話になりました。引き続きパーティを楽しんでください。さあ、行きますよ」
アマンダは軽くジェシーに挨拶するとライラックと共にスカーレットを取り囲んで去っていった。
遠ざかって人混みへと消えていくスーツ姿のアマンダは楽しそうで、バークヒルズでギャングの仕事をしていた時とはまるで変わっていた。アマンダに正体がバレなくて安堵する気持ちと、何も言い出せなかった後悔がジェシーを取り巻いていた。家族がいなくても元気に暮らしているアマンダに自分は何をしてあげられるのだろうか。ましてや、アマンダをバークヒルズから追い出した張本人の自分が何をしようというのだろうか。ここに来て全てが変わってしまった。そんな気がしていた。
「アトラス兄さんも、アマンダも、皆変わっていっちゃうんだ」
窓に映った己のドレス姿をジェシーはぼんやりと眺めた。これが本当の自分なのか。ここでは誰もジェシーに男らしさを強要しない。上に立つ人間になれと強制され、力の強さでしか上下関係を築けない粗暴な男達を従わさせられ、町の住民を飢えさせないことだけを考えて日々を過ごしていた。それなのに、フレイムシティで暮らす有力者達は誰もが気品に溢れていて、他者を尊重する態度で接し、ジェシーが女性ではないと察したとしても偏見の目は向けてこなかった。これが本当の世界なのか。ここでならジェシーは何も後ろめたい気持ちを抱かず、自分らしい生き方ができるのだろうか。
「おおっ、ここにいたか、キャシー・ベリー!」
酔っ払ったソウヤがジェシーを見つけて嬉しそうに近づいてくる。
「パーティ楽しんでるか?」
ジェシーの顔が曇っているのでソウヤは何かあったのだろうと思ったのか、少し冷静になっていつもより声のトーンを落とした。
「どうだ、フレイムシティの人間は? 悪い人達じゃないだろう」
「僕が本当の女性じゃないとわかっても何も言ってこないんですね」
「当たり前だ。ジェンダーマイノリティにも配慮した多様性社会がフレイムシティの売りなんだ。男がドレスを着るのはおかしいと声高に叫んだらそいつが排除される」
「いい世の中ですね」
「他に問題が1つとしてないとは言い切れんがなっ!」
ソウヤはいつものようにガハハと笑った。その大きな笑い声でジェシーは吹っ切れた気がした。
「アマンダを見かけました。すぐには声をかけられなかったけど、それとなく近づいてみます」
「おお、そうか。気を付けろよ」
「はい」
会場の照明が暗くなった。代わりに檀上に強めの照明がつき、司会が現れた。
「皆さま、お待たせいたしました。アンドリュー・イーデルステイン選挙応援パーティのメインイベントを開始したく思います。まずは支持者のスピーチからお願いします」
檀上の脇でスピーチの順番待ちの列ができていた。フレイムシティの大企業の社長や国会議員などの面々の最後尾にスカーレットはいた。隣には紫色の髪の女性が控えている。アマンダは離れた所に立っていたが、やがて耳元を抑えてしばらくじっとしていると、大広間の出入り口に向かって歩き出した。ジェシーはアマンダを見失うまいと目で追いながら、檀上に注目している人混みをかき分けた。
数分遅れでアマンダの後に大広間を出たジェシーは、廊下の先で1人になったアマンダに接近を試みることにした。
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