【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十五話 前編 キャシー・ベリー作戦①
[第三十五話 前編]キャシー・ベリー作戦①
現在時刻午後5時54分。
「手荷物検査を実施しています。警備員の指示に従ってください」
「招待状を拝見いたします」
「確認が取れました。どうぞお進みください」
「マダム、上着をお預かりしましょうか?」
アンドリュー・イーデルステインの選挙応援パーティの会場となったホテルはフレイムシティの有力者でごった返していた。
選挙応援パーティは午後6時から始まる。ソウヤとジェシーは時間通りに現地に到着し、他の招待客と混じって手荷物検査を受ける。招待状の受け渡しも滞りなく済ませ、問題なくパーティ会場に潜入できたら、ソウヤとジェシーはなるべく自然に振る舞いつつ、イーデルステイン夫人の警護に当たっているアマンダを会場内から探す。
先輩の清掃員と共にロビーのゴミ箱の清掃に出てきたパリスはそれとなく手荷物検査の列の中からソウヤとジェシーの姿を探す。
「クィニー、新しいゴミ袋出して」
「あ、はい」
先輩の清掃員はパリスがしきりに手荷物検査の方を気にしているのを笑った。
「田舎じゃこんなお偉いさんには滅多に会えないだろ?」
「そうですね。なんだか素敵な人達ばかりで気おくれしちゃいます」
「またまたぁ。クィニーだって身なり整えたらそれなりにかわいいくせして」
「そんな事ありませんよ」
パリスはソウヤとジェシーが手荷物検査を通過したのを見届けて、交換したゴミ袋を抱えてバックヤードへと戻っていった。
「どうだ、キャシー。圧巻だろう?」
ソウヤがジェシーに小声で話しかける。手荷物検査では警備員の指示に従って言われるままに動いた。この程度のことでは動じないジェシーは、しかし、淑やかに驚いてみせた。
「イーデルステインさんのためにこれだけの方々がお集まりになるだなんて、素晴らしいですこと」
「だろうっ! がっはっは!」
ソウヤは豪快な笑い声をホテルのロビーに響かせる。
「その調子なら、この軍勢は今にも君の手中というわけだっ!」
「いやだわ、ソウヤさん。手中だなんて」
ジェシーはソウヤのギリギリの冗談に冷や汗をかく。表情が崩れていないか心配だ。だが、ソウヤは周りが気にしないのをいいことに目立つくらいの大きな声で笑い続ける。
「ソウヤさん! お久しぶりです!」
若々しくて爽やかな声が斜め前方から高級な黒スーツに赤いネクタイをした青年がやってきた。ジェシーは写真や動画で何度か見たことがあると一目でわかった。
「アンドリュー! なんだ君はっ! わざわざロビーまで出てこなくていいんだぞっ!」
そうだ。この男がアンドリュー・イーデルステイン。バークヒルズのギャングの幹部として何度か面会を試みたが、ウェブ会議でしか言葉を交わすことができなかった。
その男が今、目の前で楽しそうに話をしている。
「アンドリュー、紹介しよう。キャシー・ベリーくんだ」
ソウヤは普段通りの手順で同伴者の紹介を始めた。
「ミス・キャシー・ベリー。よろしく。アンドリュー・イーデルステインです」
「キャシー・ベリーですわ。お目にかかれて光栄です」
ジェシーはアンドリューの目をしっかりと両目で見つめて挨拶をした。アンドリューはジェシーがすっかり女性だと信じ込んだようで、キャシー・ベリーの美貌に当てられていた。
「随分と魅惑的な女性ですね。どこでお知り合いに?」
「あ、えっと……」
ジェシーは言葉に詰まってソウヤを見た。ソウヤは顔色一つ変えずにジェシーの代わりに答える。
「ハプサル州だっ! 彼女は少し田舎の出身でね、コンプレックスがあるから自分では言い出しにくいのだよっ! 気にしないでくれたまえっ!」
「そうでしたか。ミス・ベリー。これは失礼いたしました。どうかご無礼をお許しください」
「いいえ、気にしすぎているのは私の方ですから」
後ろから黒服の男がアンドリューに耳打ちをする。アンドリューはさっと真面目な表情になって黒服に小声で指示を出した。
「すみません、ソウヤさん、ミス・ベリー。裏で打ち合わせをしなくてはならないので、僕はこれで失礼します。あ、君! この2人を大広間に案内してくれ! それでは」
アンドリューは襟を正して足早に去っていった。ホテルスタッフがにこやかにソウヤとジェシーの前に来て、エレベーターホールへと案内する。
「こちらです」
「ありがとうっ!」
スタッフが背を向けて歩き出すと、ソウヤが体を傾け、ジェシーに耳打ちした。
「しばし、パーティを楽しもうじゃないか」
「臨むところですわ」
ソウヤとジェシーはエレベーターへと入っていった。