【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十三話 後編 新生活
[第三十三話 後編]新生活
2ヶ月後に控えたアンドリュー・イーデルステインの市長選応援パーティに潜入するため、ソウヤから女性的な振る舞いを叩きこまれることになったジェシー。一方のアトラス、ジョン、コーディ、ニッキー、パリスの5人はカズラと共にアパートに入居し、アルバイトをして生活費を稼ぎつつ、フレイムシティでの暮らしに慣れることとなった。
ソウヤの邸宅に取り残されたジェシーは気まずい雰囲気の中、まずは着替えを、と別室に通された。藤色の清楚なワンピースを着せられ、紫色のハイヒールを履かされ、メイドが薄く化粧をし、髪をまとめてあり物のピンクの花のヘアアクセサリーで留めてくれた。
部屋に入るなり、ソウヤはニカッと笑って両腕を広げてジェシーを歓迎した。
「ジェシー! 見事な変装じゃないかっ!」
「さあ。まだ見てません」
「では、見てみたまえっ! きっと自分とは思えないぞ」
ソウヤが鏡のある方へとジェシーを誘う。ジェシーは女装をした自分の姿はあらかた想像がついているので、ソウヤの気が済むようにしようと鏡の前に立つ。
「あぁ……」
その姿はジェシーが思うよりも美しかった。
「そのドレスはカズラのために買ったものだが、あの子は結局着てくれなかった。君に似合うとは思わなかったよ」
ソウヤが後ろに立って、鏡に映るジェシーを上から下まで見つめる。大柄なソウヤと並び立つと、ジェシーは本当に女性のように見えた。
適度な運動で鍛えられた体は引き締まっていて無駄がない。ドレスの裾からちらりと見えるすらっとした脚は女性の羨望の眼差しが目に浮かぶようだった。
「ジェシー!! これは何だねっ!?」
ソウヤがふいに腕を取って怒鳴る。
「え、何ですか?」
「この傷跡だっ! どこでこんなひどい怪我を?」
ソウヤが気にしていたのはネリ・スクワブとの戦いでつけられた傷跡だった。パリスの適切な措置のおかげで治りは早かったが、傷跡はかなり目立つほど残ってしまった。
「こんな傷跡を人に見られてはよくない。当日に着るドレスはそれが見えないようなデザインに仕立ててもらおう」
「そうですね」
ソウヤがメイドに仕立て屋への連絡事項を伝えに行った。ジェシーは体を傾けてドレスの袖からチラチラと見えている傷跡を観察した。あの時傷つけられたのはジェシーの体だけではない。尊厳も心も魂にまで深い傷を残した男が存在したことをこうして腕の傷跡を通してまざまざと見せつけられると、不思議と何の感情も湧いてこなかった。何の因果か、自分をお嬢さんと呼び捨てたあの男を殺した後、自ら進んでお嬢さんと呼ばれに行く羽目になるとは思わなかった。
「ジェシー、仕立て屋は明後日に来るそうだ。フレイムシティの仕立て屋はどんな依頼にも対応できるプロフェッショナルが揃っている。腕の傷跡を隠すくらい朝飯前だし、君をとびきり美人にしてくれるはずだっ!」
「楽しみですね」
「そうかっ! 君も気分が乗ってきたのかっ! がっはっはっ!!」
ソウヤは楽しそうだった。悪だくみをする少年のような笑顔をしていた。
「アオイちゃんとスバルはきっとアンドリューの所にいる。彼は長年の友人だが、どうも最近はきな臭い噂が耐えない。私の大事なカズラの妻と子供を取り戻すためだ。たとえ彼の選挙に水を差すことになろうと、私は君達の味方だ」
ソウヤはジェシーの手をぎゅっと握った。その力の入れ具合は男でも悲鳴を上げそうな握力だった。ジェシーは同じくらいの力でその手を握り返す。
「ありがとう。君の覚悟と勇気を私は心から尊敬するよ」
ソウヤはまた少し涙ぐみながらそう言った。
* * *
即日入居できる安アパートを契約したカズラ達は無料で配られている求人票を見ながら部屋でダラダラと過ごしていた。
「フレイムシティには色んな地方から来た若い人達がいるから、バークヒルズの出身だとバレる可能性はかなり低い。そういう人達が多く働いてるのは工場や清掃員、ウェイター、あとは警備員かな」
カズラの説明を聞いて各々がパラパラとページをめくる。ニッキーが見ているのは主に服飾関係、ジョンとコーディは警備員のページだった。
「あの、カズラさん」
清掃員のページを見ていたパリスがカズラに質問する。
「ホテルの清掃員の募集がたくさん出ていますので、どうせなら選挙応援パーティの会場になっているホテルを選んだらいいかと思うのですが」
「何でだ?」
「働きながら会場について下調べをしておくんです。ジェシーさんのいざという時の脱出経路を決めておいたり、もしかしたら私達もアマンダとの接触のサポートができるかもしれないです」
「それいいな!」
カズラが身を乗り出した。
「おじさんに会場がどこか聞いてくるよ。ああ、もう。いちいち公衆電話探すの面倒くさいな。おじさんに携帯電話買ってもらおう」
カズラは色々大きな声でしゃべりながら部屋を出て行った。ソウヤと会ってからのカズラはソウヤと同じくらい声が大きくなっていた。
パリスは清掃員のページを折って印をつけた。
「ホテルの求人って警備員も結構あるぞ。コーディ兄さん、俺らもパーティ会場で働こうぜ」
「いいぞ。警備員なら非常通路使い放題だしな」
ジョンとコーディもホテルの警備員の求人にペンで丸をし始める。
「いいなあ、皆は。私は顔見られたらいけないから会場には行けないもの」
ニッキーが羨ましそうにパリス達を見る。パリスはそんなニッキーを励ます。
「危ない任務は私達に任せて。ジョンとコーディさんは元々ギャングの一員。私もギャング病院で働いていたから同じようなもの。危険な事には慣れてるの。それより、ニッキー。あなたは自分の好きな事に挑戦してみたらいいじゃない? 服飾関係の仕事、ここならいくらでもできるのよ」
パリスがニッキーの見ていたページを指さす。下着工場のアルバイトからアパレルショップの店員まで、様々な職種の募集がされていた。
「私……やってもいいのかな……」
「もちろんだよ!」
「じゃ、じゃあ……いくつか応募してみよう」
「いいね! いいね!」
パリスとニッキーは服飾関係のページを2人で読んで話し合い始めた。
「アトラス兄さんは?」
コーディが唐突に聞くと、アトラスはページから目を離さずボソッと言った。
「僕、酒屋がいいな……」