【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十七話 後編 家族の元へ
[第二十七話 後編]家族の元へ
夕日が沈みかける時間帯、家路へ着く人達をかき分けて、コーディがアトラスに報せに来た。
「アトラス兄さん! バイクが町に入ってきてる!!」
「バイク? COCOじゃなさそうだね」
アトラスは襲撃で壊された民家の壁や屋根を直す作業を終え、工具を片付けている最中だった。ジョンとニッキーもアトラスを手伝っていた。
「黒い髪のでっかい女です!」
それを聞いてニッキーがはっと声を上げた。
「どうした?」
「その女の人、私見たことあるかもしれません」
「どこで?」
「立入禁止区域で」
アトラスはそれを聞いて走って現場へ向かった。その女性はおそらくリヴォルタの人間だ。アマンダのことを何か知っているかもしれない。だが、まだ信用するな。アマンダのことで取引に来た可能性もある。見極めて話さないとあとで痛い目を見るのはこちらになってしまう。特に心の動きが感じ取れない状態に慣れない今はアトラスでも対応を間違う可能性が高まっている。
アトラスがコーディに案内されて女性が入ってきた町の西南端に到着すると、既に野次馬で埋め尽くされていた。
「この町でアマンダ・ネイルに会いたいやつはいるか?」
女性は町の人達に囲まれて大声でそう言っていた。長い黒髪をなびかせた背の高い女性だった。
「誰かいないのか? アマンダ・ネイルに会いたい人間は?」
「ちょっと! こんなとこまで何しに来たんですか!?」
ニッキーがドスドスと威圧感を出しながら女性に近づく。
「ニコラス・レアドか。お前、戻ってたんだな」
「質問に答えてください。何でこんなとこまで来たんですか?」
女性はニッキーにガンを飛ばされようが意に返さない。
「お前、アマンダ・ネイルに会いたいか?」
「アマンダがどうしたって言うんですか?」
「私はアマンダ・ネイルの居場所を知っている。アマンダ・ネイルに会いたいなら私と一緒に来い」
「アマンダに会えるの……?」
ニッキーの心は揺らいだ。アマンダに会えるならどんな手段も厭わないと思っていた。だが、これは罠かもしれない。
「ニッキー、戻ってきて。僕が対応する」
アトラスがニッキーに手招きする。その後ろからもう1人の人物もニッキーと突如現れた女性に向かって歩いてきていた。
「面白いな。僕も会いたいと思っていたんだ」
その人物はジェシーだった。女性はジェシーの金髪と青い目を見てにやりとした。
「お前がジェシー・ローズだな」
「そうだ。僕がバークヒルズのギャングの幹部、ジェシー・ローズだ。いずれ父の跡を継ぐことになる」
「アマンダもそんなようなことを言ってたぞ」
「アマンダに会ったのか?」
ニッキーが小声でジェシーに説明する。
「この人は私とアマンダが立入禁止区域にいた時に一度だけ会ったことがあるんです。アマンダに食ってかかってきて、私達はすぐに逃げました」
「あの時は悪かったよ」
「アマンダの居場所を知っているって本当ですか?」
ニッキーが真剣な眼差しを女性に向ける。女性は信頼してもらおうと居住まいを正して言った。
「私はリヴォルタの研究者のカズラ・コガだ。アマンダはリヴォルタに保護されて、健康診断を受けて元気にしている。そして、これからある場所へと移動することになっているんだ」
「どこに?」
ニッキーとジェシーが同時に聞いた。
「フレイムシティだ」
「何だって!?」
アトラスが大きい声を上げた。ニッキーとジェシーがほぼ同時に振り向く。
「どうしたの? アトラス兄さん」
「フレイムシティってどこですか?」
「フレイムシティはイグニス合衆国の首都だ。場所はイグニス大陸の北東の海沿い」
「えぇっ!?」
ニッキーは驚きで口をふさいだ。ジェシーは眉間に皺を寄せて考えている。
「そんな遠い所、どうやって行くんですか?」
「僕らだけじゃ到底フレイムシティに近づくことだって難しいよ」
カズラが咳払いをして注目を集めた。
「だから、私が連れて行ってやると言っているんだ」
アトラスとニッキーは固まる。
「お前を信用していいという根拠は?」
ジェシーが疑いの目をカズラに向ける。カズラは両手を肩の高さに上げて首を横に振った。
「根拠なんてない。ただ、私が出す条件はこれだけだ」
カズラはポケットから財布を取り出す。財布の内ポケットにはカズラとアオイとスバルとレンが写った写真が入っている。
「何らかの事情で私の家族が失踪した。お前達がアマンダ・ネイルと再会することに成功したら、今度は私の家族を捜す手伝いをしてほしい」
カズラの目は真剣だった。少なくともジェシーにはそう見えた。ニッキーと後方で様子を見ているアトラスはまだ懐疑的だ。
ジェシーにはカズラが見せた写真が家族写真なのだということしかわからない。目鼻立ちがカズラにそっくりな赤ん坊とその子を抱いているカズラとは別の女性を囲み、カズラともう1人黒髪の男が写っている。その男は誰なのだろう。赤ん坊の父親か? 不思議な家族関係に見えたが、ジェシーはカズラが嘘をついていないと信じることにした。
「どうする?」
「少し時間をくれないか?」
カズラの問いかけにジェシーが反応した。
「この町は今、人員不足に陥っている。体制を整え、君と同行する人間を選出する必要がある」
「いいぜ。期限は明日の朝、午前7時だ」
「何でそんな時間に?」
「言っただろ。私はリヴォルタの人間だ。バークヒルズにいることがバレたらまずいことになる」
「了解した」
「私に同行する人間は明日の午前7時に荷物を持ってここへ来い」
カズラはバイクに乗ってバークヒルズから出て行った。アトラスがジェシーに近づいて話しかける。
「おい、ジェシー。どうするつもりなんだ? あの人はリヴォルタの人だ。迂闊に近づいていい人間じゃない」
「あの人の目は本気だった。家族写真を見た。幸せそうだった。あの人が失踪した家族に会いたいと思う気持ちは僕達がアマンダの安否を心配するのと同じだ。あれは罠じゃない。僕にはわかる」
「だけど……」
「アトラス兄さん。僕はアマンダを見つけ出すためだったら何でもやる。この件は僕に任せてほしい」
アトラスはジェシーの真っ直ぐ自分の瞳の奥を見つめる視線に心が揺らいだ。ジェシーの心の奥底に今までと違う何かを感じる。心の動きを読むことができなくてもそれだけはわかった。
「ジェシー、僕はいつだって君の選択を信じてるよ」
「ありがとう」
ジェシーはさっとアトラスの横を通って去っていった。
* * *
その夜、示し合わせたわけでもないのにアトラスの部屋に人が集まった。
最初に現れたのはジェシーだった。
「アトラス兄さん、今いい?」
「どうぞ」
ジェシーは数年振りにアトラスの部屋に入った。埃だらけで物が雑然と置かれていた部屋は小綺麗になり、物が端に寄せて置かれていた。
「昔より片付いてるね」
「ローディがたまに掃除してくれるんだ」
「へえ。ローディ兄さんが」
「たまに必要だったものも捨てられてるけどね」
「ろくでもない物を取って置きすぎなんだよ、アトラス兄さんは」
「そんなことないよ! 全部必要だよ!」
普段通りの会話のはずなのに、アトラスはどことなく居心地の悪さを感じる。ジェシーの影響力が自分の領域を侵食してくるような感覚だった。今まではどれだけ優秀な幹部でもアトラスの前では1人のかわいい弟だった。それが今はどうしたことか、実態の掴めない何かになりつつある。これは自分が他人の心の動きを読めなくなったことによるものか、それともジェシー自身が成長したことによるものなのかアトラスにはまだわかっていない。
「アトラス兄さん、どうしたの?」
「な、何が?」
アトラスはジェシーと上手く目が合わせられない。ジェシーはそれを不審に思っていた。
「ずっと変な感じだ。アトラス兄さん、僕のこと怖がってるの? なんだかすごく遠くに感じるんだ。そばにいるのに僕のことちゃんと見てくれてない」
「君のことが怖いなんて思ったことはないよ。ごめん、それは嘘かも。君はとても優秀で怖いくらいに父さんに似てる。多分、また一段と父さんみたいになってきてるんだと思うよ」
「僕は……あんなに強くないよ……」
ジェシーは目を伏せた。アトラスはジェシーが視線を外してやっとジェシーを真っ直ぐ見られる。その姿はとても寂しそうだった。
ノックの音が2人の静寂を遮る。
入って来たのはニッキーとパリスだった。
「ニッキーから聞きました。アマンダに会いに行くメンバーを探してると」
「まあ、座って」
アトラスはニッキーとパリスをソファに座らせた。
「パリス、お前、まさか来るつもりなのか?」
パリスがいるとジェシーはいつも通りだった。
「フレイムシティへ行くまでにリヴォルタに襲われる可能性はゼロではないですよね? それなら治療ができる人間が必要です」
「僕がいるから大丈夫だよ」
「あなたの治療は誰がするんです?」
「それは……」
「ジェシーさん、抜糸がまだですよね?」
「わ、わかったよ……」
先程の感覚をアトラスは訂正した。パリスがいてもジェシーはいつも通りではない。すっかりパリスに頭が上がらない様子だった。
またノックの音がする。
「おー、ジョン。お前も来たのか」
「うっす、コーディ兄さん」
ドア越しに2人の話し声が聞こえる。アトラスはドアを開けて2人を中に招き入れる。
「これで6人かな?」
アトラスは全員の顔を1人1人見る。昼食を一緒に食べているメンバーが1人残らず揃ってしまった。全員、アマンダに会うためなら危険を冒す覚悟があるようだ。心の動きが読めなくなっても、それだけは確信できた。
「君達全員行く気なんだね?」
全員の強い視線がアトラスを突き刺す。
アトラスは机に貼った地図の一点を指さした。
「フレイムシティはイグニス大陸の北東の端だ。僕らがいるバークヒルズは中南部だから、飛行機で行くのが当たり前の距離。ここに行くというのがどれだけ過酷かわかっていない人はいないよね?」
「アマンダはそこにいるんだろ? だったら話は早い」
ジェシーの決意は揺るがなかった。
「カズラさんがどんな計画を立てているかは知らないが、リヴォルタに動向が知られないようにするためには相当慎重に動かなければならない。その間は息をつく暇はないし、フレイムシティに着いても気が休まることはない。それでもジェシーはいいの?」
「僕にはアマンダを連れ戻す義務がある」
ジェシーが言った。
「俺はジェシーに無茶させないための監視役です」
その声はコーディだ。
「私も、二度とジェシーさんを酷い目に遭わせません」
パリスの言葉にジェシーは目を伏せた。
ジェシー、コーディ、パリスの3人には、ジェシーを中心にした独特の信頼関係が築かれていた。ジェシーの目的達成のためならコーディとパリスは全力を尽くすだろう。この戦力は捨てがたかった。
「俺はアマンダがギャングに入った時からアマンダを守ると決めてるんです。アイツがどこに行こうがそれは変わりません」
ジョンも立ち上がって宣言した。最も近くでアマンダを守ってきた兄はジョンだった。幼い頃からずっとアマンダと共に過ごしてきた。
全員の視線がニッキーに集まる。まだ何も言っていないのはニッキーだけだ。ニッキーは自分に視線が集まっても至って静かだった。ニッキーは口を開いた。
「アマンダはずっととても寂しい思いをしているはず。私はあの子の唯一無二の戦友になってあげたかった。あの子と同じ道をもう一度歩けるなら、私はどんな苦しみも耐え抜くわ」
アトラスは全員に笑いかけた。
「決まりだね」
6人は輪になって互いの顔を見遣った。
「皆でアマンダに会いに行こう」
「おう!」
「はい!」
「もちろん!」
「うっす!」
「望むところよ!」
各々から思い思いの返事がきて、アトラスはつい声に出して笑ってしまった。
「何で、笑うんだよ! アトラス兄さん!」
コーディが言う。アトラスはその間抜けな言い方に余計に顔がにやけた。
「何でもないよ。ただね、頼もしいなと思ったんだ」
「え?」
「ずっと僕は1人で弟妹達を、この町の人達を守ってきたつもりだった。でも今は、皆でアマンダのために行動を起こそうとしている。それがなんだかとても心強くて嬉しいんだ」
「何言ってんだよ、アトラス兄さん……」
「僕達はいつもアトラス兄さんと一緒に頑張ってきたつもりなのに」
「そうだよな? ジェシー」
ジェシーとコーディはすっかり仲良しになっていた。アトラスのそばにずっといて支えてくれていた弟達だった。
6人の仲間達はその夜、初めて町の外へ出るための身支度に励んだ。何を持っていけばいいかもわからない。全く予測のできない旅だ。だが、そこに不安はなく、目的に向かう強い意思だけが彼らの背中を押していた。