【連載】黒煙のコピアガンナー 第二十二話 Ⅳ 彼女がいなくとも
[第二十二話 Ⅳ]彼女がいなくとも
縫製工場の方向へ走ったギヨームは住民を郊外の丘へと誘導しながらデモ隊だったメンバーと合流した。デモ隊だったメンバーは一緒に住民の避難誘導を始め、バークヒルズ内の住民の約25%が彼らのおかげで難を逃れようとしていた。
「ギヨーム!」
馬車の上から声をかけられ、ギヨームは顔を上げた。
「クロエ!」
それはクロエが運転し、ギャバンが後ろで敵を撃ちまくっている馬車だった。
「敵は?」
「ギャバンさんが一網打尽にしてる!」
「すごい!」
「ニッキーは見た?」
「見てない! 多分だけど、ギャングと一緒かも」
「ならきっと大丈夫ね!」
「そうね! ニッキーは強いから!」
「住民の避難は?」
「丘の上に誘導してる。クロエ、頼みがあるの!」
「何?」
「敵を引き付けて丘から引き離して!」
「お安い御用よ!」
「ありがとう! 気を付けて!」
「あなたもね!」
クロエが馬の尻を叩いて馬車を加速させた。馬車の中から一瞬見えたギャバンの鬼気迫る表情にギヨームは一瞬たじろいだ。
* * *
その時、リリアンは丘の上の牧場にいた。昼食のヨーグルトとパンを膝に広げ、のんびりと雲を眺めていた。
リリアンにとって報復部隊との抗争は夢のような時間だった。本当にそんなことがあったのか信じられなくなるくらい丘の上の牧場はのどかだ。
牛を屠るやり方を親兄弟から教わっていたので、血が流れることに抵抗はない。銃を撃つことでさえ、時々山脈から下りてくる腹を空かせた狼や熊を兄が散弾銃で撃つのを見ている。だが、人同士が銃を撃ち合う世界は受け入れることが難しかった。二度とあのようなことが起こってほしくないとリリアンは願っていた。
ドカンッという腹の底に響く重たい振動がリリアンを現実に引き戻した。丘の下の町並みに視線を移す。ギャング病院の屋根からメラメラと火が上がっていた。
「火事?」
リリアンは立ち上がった。牛達は爆発音には気付いていない。よく見ようと岩の上に登り、ぐっと目を凝らす。
町全体から人が丘の上を目指して走ってくるのが見えた。別の場所には車とおぼしき鉄の塊が見える。馬車の後ろの窓から何発もの弾が発射され、敵をなぎ倒しているのもわかった。
「こっちに来てる……!」
リリアンはすぐさま家の中へと戻った。
「兄さん!!」
「何だ、どうした?」
母のイボンヌと兄のアルフレッドは2人でお茶をしている最中だった。
「散弾銃どこ!?」
「熊か」
「違う!」
アルフレッドは棚から散弾銃を取り出し、弾を補充する。リリアンは散弾銃を奪い取り、外へ出ようとした。
「あ、待て!」
「早くしないと皆が危ない!」
「何が起きてるっていうんだ!?」
「誰かが町を襲撃してる!」
アルフレッドは顔面蒼白になってリリアンと一緒に外へ出た。
「住民はこっちに避難してきてる」
岩陰に隠れてリリアンが説明する。アルフレッドは唖然としつつもリリアンの言葉をちゃんと聞いていた。
「何だこの騒ぎは……」
アルフレッドはリリアンにきちんと散弾銃を持たせて銃口を天高く向かわせた。
「引け!」
リリアンが引金を引く。パァアンッと弾くような音がして弾が飛び出す。
アルフレッドは納屋へ走って松明を持って戻ってきた。白い煙がモクモクと出て狼煙の役割をした。
「こっちだ!!」
「早く!! 皆!! 走って!!」
リリアンとアルフレッドは丘へと登ってくる群衆に向かって叫んだ。
それにいち早く気付いたのはギヨームだった。
「あれはリリアンね……!!」
丘の上の狼煙を見上げた後、ギヨームは後ろ向きに走って住民に呼びかけた。
「牧場へ! リリアン達が待ってる!!」
住民は必死になって走った。町から出て、牧場へと向かう斜面を必死に駆け上がろうとする。だが、町中を逃げ回りながらここまで来た住民に上り坂は簡単に登れるものではなかった。
クロエ達の馬車が敵を排除して戻ってきた。
「ギヨーム!! あと少し!! 頑張れ!!」
クロエが叫ぶ。
「皆! あと少しよ! 走って!!」
ギヨームは馬車の手前を走る住民達を鼓舞し続ける。馬車の扉からギャバンが銃口を突き出し、住民を狙う敵を狙っていた。
リリアンの目には馬車の危機が見えていた。車が馬車に近づいていた。窓から何かが発射されたのを目撃したリリアンは叫んだ。
「危ない!!」
ガシャアァァァン!!
リリアンの叫びは聞こえるはずもなく、馬車に何かが命中し爆散した。
「うあああああああ!!」
リリアンは泣きながら丘を走り降りて行った。アルフレッドがリリアンを抑えて岩影へと引かせた。体力のある住民達が牧場に到着し始めていた。2人をしり目に群衆は丘を登っていく。アルフレッドもリリアンを無理矢理抱きかかえて丘の上へと登っていった。
* * *
ギヨームは足の痛みで目を覚ました。馬車の破片が突き刺さっていた。
「ぐうう……」
痛みをこらえて体の向きを変える。
「クロエ……」
返事はない。爆発の影響で辺りは砂煙が舞っていた。
「クロエぇ……!」
辺りの静けさにギヨームは心が折れそうになる。
砂煙が収まり始め、視界が明瞭になりつつある。爆発の周りは馬車の破片が散乱し、無惨な有り様だった。こんな状態では生きている方が不思議だとギヨームもわかっていた。
「私達、約束したじゃない……アマンダが戻ってきたら、今度こそは絶対にあの子のそばを離れないって……親に反対されても、周りから白い目で見られても、二度とアマンダを孤立させない……ニッキーと一緒に私達もアマンダの味方になるって……ねえ、クロエ……!!」
ギヨームは必死に匍匐前進して、馬車の破片が多く残った場所へと向かう。
「かはっ! ごほっごほっ……!!」
破片の下から女子のせき込む声が聞こえてきた。
「クロエ……?」
ギヨームは足を速めた。
「ギヨーム……」
クロエは重なっている破片の中間地点に寝転がっていた。ギヨームは破片を押し退けてクロエを引きずり出した。
「クロエ!!」
「ギヨーム!!」
2人は抱き合った。温かい体温が感じられた。2人とも無事だ。死んでなどいない。
「ギヨーム、足が……!」
クロエがギヨームの足に刺さった木の破片に驚く。
「このくらい平気。あなたの傷に比べたら」
クロエが誇らしげに笑いかける。
「私達、立派に戦ったわね」
「そうよ。アマンダにもニッキーにも負けてられないんだから」
「私達も牧場へ行こう。リリアンが待ってる」
「うん」
クロエがギヨームを支えて立たせた。足元の馬は1頭残らず死んでいた。クロエが助かったのは本当に偶然だったのかもしれなかった。