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日本の歴史の流れ part2 「弥生時代、お米大好き編」

外国から米づくりが伝わり、日本社会の変化が始まります。

外国から文化などが伝わり日本社会が変化することはたくさんあります。

例えば、外国からポルトガル人が鉄砲を伝え、戦い方が刀から鉄砲に変わりましたね。

外国からペリーが来て、日本社会の変化が始まったのはまだ先の江戸時代。

外国からなんかスゲーもんが来て世の中が変わるのは今も同じ。

外国からスティーブ・ジョブズが来てiPhoneを伝え、社会は変化しましたね。

これからも外国から何か来て、社会は変化するのです。

外国から何かが伝わった場合に自分だったらどのように対応するか考えてみると面白いですね。例えば、アメリカからペリーが来ても、鎖国を続けたら日本はどのようになっていたでしょうか。アメリカと戦争になったでしょうか。

さて米づくりが伝わったという話に戻りましょう。

今から約2300年前に、中国や朝鮮半島から米づくりが伝わりました。

それまでは(旧石器、縄文時代ね)、狩りの生活だったので、獲物が良く見えるように高台に住んでいました。

が、米はたんぼで作りますよね。だから人々の住む場所は高台から低地へと移った。

また、狩りの生活だと、獲物を追っていろんな場所に移動する生活だったけど、米づくりだと移動する必要はないですね。一か所に定住する生活に変わったのではないかな。

 そして、たんぼは一人で耕すのはタイヘンだから(当然、耕運機とかないから)、いくつかの家族が村をつくって定住しました。

このように米づくりが伝わったことで、いろいろと生活が変化していくんだね。

食料としての鹿とかイノシシだと当時は冷蔵庫がないから腐ってしまうよね(燻製にして保管したのかも)。長期保管が難しい。

でも米だと倉庫に長期で保管できるね。湿気で腐らないように床が地面から離れた倉庫だったね(高床式倉庫)。

このように保管ができるから、将来のことを考えて米をたくさん保管する人と保管しない人、米づくりが上手でたくさんの米を保管できる人、米があまりできない人が出てきたよ。

米がない人は米がある人に頭を下げて、米を下さいとお願いをしなきゃならないね。上下の身分ができたと考えられるね。

頭を下げたくない人は、米がある人から奪い取ることも考えられるね。

つまり争いごとも増えてきた。

そこで、自分の村を守るために、周囲に堀をめぐらせたよ。これを環濠集落というよ。敵が攻めてこないか確認するために巨大な物見やぐらも作ったよ。

このように米を求めて村同士で争いが行われるようになりました。

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このように米のおかげで食生活が安定した半面、貧富の差や争いごとも生まれました。ちなみに、おかずは何を食べていたのでしょうね。僕はカレーライスが好きなのですが、この弥生時代にカレーライスはあったのでしょうか?想像してみてね。


 

 

 

 


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