長く、何も起きない、お話

今日は革命の日だ。
この学校の歴史を変える、その大役を俺たちが担っているんだ。

今日は野球部がグラウンドを使う日。
正確には「今日も」だけど。
3年が引退して以降負け続けている弱小サッカー部の僕達は隅っこで練習するか、中練と称したズル休みをして過ごすかのどちらかだった。

でも今日は違う。
憧れの『ホシザキ』をこの学校に迎えるのだから…


話は1か月前にさかのぼる。
顧問の立花先生が前に立ち、部室のホワイトボードに「来年の最終目標:」と大きく書いた。部活の代替わり直後のミーティング。来年の大会までの一年間の目標を決める大事な話し合いの日だ。
 
「県大優勝」、「○○に勝つ」...みんな真面目な目標を出していったが、どれも現実的ではなかった。自分たちの代は未経験者ばかりで、まともに試合ができたことがない。僕はただとにかく楽しく部活ができればいい、そんな思いから「部室に冷水器を置きたい!!」と場を茶化してみた。それまで緊張した空気が流れていた部室が、うっすらとした笑いに包まれた。

ヘラヘラしてるとさすがに怒られるか?
そう思いなおし、恐る恐る前を見ると、
先生が一番ニヤニヤしていた。

「いいじゃん!お前達らしくて!」
立花先生はむしろやる気を出してしまったようだった。


立花先生は元サラリーマンの数学教師だ。
なんとかって商社で仕事に飽きて教師に転職したらしい。面白かったり挑戦的なことが好きなようで、文化祭とかの学校行事では積極的に協力してくれる先生だ。去年は教室内にバンジージャンプのアトラクションを見事完成させ、大盛況だったとか。

難しい議題が職員会議に上がった際は、商社仕込みの交渉術で一気に取りまとめるのだそうだ。今回の『冷水器設置』という難題も、先生なら何とかしてくれるだろう。「資料作成なんか久しぶりすぎて無理だよ~」と愚痴っていたがなんだか嬉しそうだった。


「僕の力不足だった....」
翌週のミーティング、立花先生の第一声は謝罪の言葉だった。

僕達はやっぱり無理か、と落胆した。
だが、先生は何故か笑っていた。

部室に置くことはどうしても無理だったが、「全校生徒の熱中症対策として」という落としどころで決着させ、冷水器導入が決定したのだ!
発案者特権という位置づけで冷水器選定の権利を獲得し、部活の時間を使っての設置任務が与えられた。先生は僕たちがこういう課外活動が好きなことをよく分かっている。見透かされているようでなんだか悔しいが、嬉しかった。


部員総出での捜索活動が始動した。
フードコート、市民プール、ラーメン屋、スーパー銭湯... 近所の冷水器を見つけ次第、サッカー部のLINEに写真を送り、「冷たさ5、水量3...」といった短いレビューを添えて共有し合った。

そうして見つけた、パラメータMAXの最強の冷水器が『ホシザキ』だ。見つけたのは遠藤だった。

「出した瞬間からキンッキンで、冷たすぎて白い煙出てた。」
「アイスをいくら食べても大丈夫な俺が、一口飲んだだけで頭が痛くなった。」

嘘しかつかない奴だが、今回は嘘の度合いが段違いだ。だから一周回って本当を言っている。アイスの話に限っては上の句も下の句も嘘に違いない。


『ホシザキ』に決定だ。
先生に連絡し、到着のその日を待った...


実際の設置は業者の人がやってくれた。水道の繋ぎ方なんてわかるわけないのだから当然だった。練習をオフにしてしまった手前、みすみす帰るわけにもいかず、迷惑そうにする業者さんの顔を横目に、みんなで搬入の手伝いをした。

15分程であっさり施工が終わったころ、立花先生がデジカメを持って職員室から出てきた。
「お前ら、撮ってやるよ。」
構えたカメラ越しに、いつものニヤニヤした顔が覗いていた。

前列が片膝立ち、後列は『ホシザキ』を囲うようにして並んだ。僕はホシザキの右後方に立った。
「岩倉使節団みたいだな、俺たち。」
隣の遠藤が言った。こいつはバカだ。
不覚にも笑ってしまった自分が許せない。

「いくぞー。」
ほころんでしまった顔を木戸孝允ばりにキッとさせて構えた。

ここに『ホシザキ設置団』の写真が飾られるんだ。

同じくらいバカな事を考えて、吹き出しそうになっている不細工な顔が写真に納められた。


<文責:佐藤>

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