ヘンリー・フォンダと 黄色いバラ
珍しいバラが多く育てられている植物園は写真を撮るには最高だ。
私は燃えるような真赤なバラを、赤の色飽和を押さえるのに苦労しながら撮っていた。
左肩を少し落としトボトボと近づいて来る老人が、私の横で止まった。
「- - -」 老人は口ごもり、もどかしくしている。
私に何か言いたげな老人の所作が気になったが、老人は無言だ。
私が再び赤いバラの撮影を始めると「向こうに綺麗な黄色いバラが咲いている。 黄色いバラを見に5日間通っている」と言った。
老人は目先の情熱的な赤いバラに目もくれず、 黄色いバラを私に熱心に薦めてくれている。
私はこの老人に情熱を与え続けている、黄色いバラを見たくなった。
老人に附いていくと、そのバラはバラ園の中程に位置し、黄色い群をなしていた。
黄色いバラは大木の日陰で、木々の葉の緑を背景に気高さを放っている。
「深みのある黄色ですね」と私は老人に言った。老人は少し笑った。
花の名札にアメリカの名優ヘンリー・フォンダと同名が付けられていた。
私は昔、親父に連れて行って貰った洋画に出て来る タフなガンマンを連想した。
私はその黄色いバラの撮影に夢中になった。
気が付くと、老人は いなくなっていた。
まもなく老人は2人の若い女性を連れて来た。
そして私の時より分かり易く、ぽつりぽつり説明をしている。
余程このバラに魅了され、他人に紹介したいのだろう。
その若い女性達は、黄色いバラの深みに感嘆している。
しかし説明し終わった老人は寡黙である。
「- - -」 無骨な老人は口ごもり、女性の感嘆する声を背に行ってしまった。
私は名優ヘンリーフォンダーの演じるガンマンが 、助けた女性の声を背に去って行くシーンを想像した。
私は他のバラの写真も撮りたかったのでその場から移動した。
帰宅後、期待していたプリントの出来映えには黄色の深みが出ていなかった。
老人の心を魅了し幾人にも紹介させる情熱の源である、あの深みの黄色ではなかった。
その後、私も4回植物園に通い、ヘンリー・フォンダーの深みある黄色の虜になった。
老人の情熱も冷めず、毎回来訪していて見学者に声をかけ ヘンリー・フォンダーを紹介している。
その日の夕方、年輩のご婦人2人を連れて来た時のこと
黄色いバラとヘンリー・フォンダの名札を見た婦人が言った。
「洋画”黄色いリボン”の騎兵隊のネッカチーフの色みたい」
もう1人の婦人も「あの映画2回見たわ」と若い頃を懐かしんだ。
「儂は映画やテレビで4~5回見ている」と老人も答えた。
「映画好きなんですね」と婦人が質問した。
寡黙な老人は微笑みで答える。
ご婦人は「”黄色いリボン”のヘンリー・フォンダは素敵でしたね」と言った。
”黄色いリボン”はジョン・ウェイン」と老人は答えた。
彼女たちと会話が弾んでいる。
老人は自分の世界の黄色いバラを理解してくれる人をやっと見つけたようだ。
植物園の閉門時間をしらせる放送が聞こえてきた。
バラのヘンリー・フォンダーも幾分か精細が無くなっている。
天気予報では明日から雨との事、もうあの老人とも会えないかも知れない。
私はきれいな夕焼けを背にライフルの代わりにカメラを左手に下げ、心はガンマンになっていた。
ーーーお終いーーーー
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