箱家の人びと

 はじめましての皆さん、長く付き合いのある皆さん、こんにちは。私は3_notebooksというスクリーンネームでしばらくTwitterをやっていますが、親しい人々からは「箱」というかつてのアカウントのハンドルネームで呼ばれることが多いのでそう名乗っています。
3_notebooksは人格のセルフパロディと称しインターネット上の人格として運営しているアカウントなのですが、少しずつフォロワーが増えたことにより流石に何者なのか全くわからないまま続けるのも不気味なので、今回『箱家の人びと』と称して私の生い立ちを綴ってみることにしました。なお現在アルコールの勢いでこの文章を書いているので、いい加減な部分には目を瞑っていただきたいです。ではぼちぼち書いていきますか。


 箱はどのような環境で育ったか?

 私は地方のニュータウンに生まれそこで18年育ちました。ところがどっこい、ニュータウンと言っても山中なんですよ。文教地区にしたいという目論見から商業施設を極力減らし自然豊かな公園を増やしたらしいのですが、子供たちはそんなことおかまいなしでショッピングモールなどの娯楽を求めています。仕方なく彼らは山中で自然遊びをするのですが、いかんせん刺激が少ない。そこでゲームを所持していることが子供社会での地位を上げます。私は家庭の決まりでゲームが禁止だったので当然社交カードが少ないわけです。そして公園で遊ぶときも街の余白が多いので自転車が必要になります。小学校中学年まで自転車に乗れなかった私はスクールカースト底辺どころかカースト外の不可触民へとなっていきました。
 しかしここでひとつ問題があります。私が不可触民へと転落したのは外部要因だけに結び付けられるわけではなかったのです。自分の過失を棚上げして責任を外部に求めたがるのがオタクの悪い癖です。
 私はとにかく短気で癇癪持ちだったのです。当然同級生からは遠巻きにされます。男子のコミュニティではすぐキレて取っ組み合いの大喧嘩、女子のコミュニティに入ってみればままごとをすぐ仕切りたがって親役を担い、自分の言うことを聞かない子供役たちを激しく恫喝し最後は泣き喚いて暴力に訴えます。嫌われて当然です。
 私の短気を象徴するエピソードとして、小学校の調理実習でのガチギレ事件があります。ある日班ごとにホットケーキミックスを使ってめいめい好きなお菓子を作れという課題が出ました。当然私は出しゃばって仕切りたがります。自分で言うのもなんですが私は当時優等生の部類であり、大人からの期待に応えようとする気持ちとその陰にある傲慢さから「自分は優れた人間として人を指導する資格がある」という思い込みを抱いていました。
 そして率先してホットケーキを焼いたところ周りの班員が「お前の焼いたケーキ汚いww」と茶々を入れてきます。そこで私は逆上。「そんなに言うならお前がやれ!」と啖呵を切ったところなんとその班員が焼いたケーキの方が綺麗だったのです。そこで脳がバグり、負かしてやるには暴力しかない!! と咄嗟に判断してそのケーキの上にサラダ油をぶちまけてフライ返しでぐちゃぐちゃに切り刻みました。いやはや誠に幼稚で思い出すたびに恥ずかしくなります。
 他にも黒歴史はわんさかあります。今でも忘れられないことなのですが、ある日学年集会があって並び順が近い女の子と口論になったのです。その女の子が「もうすぐ先生が来るよ」と争いから逃げようとし続けるので私は「大人の力を借りないと何もできないんだなこのバカ女」と炎上必至の暴言を吐きました。それがたまたまやってきた担任の先生に聞かれたのです。当然私はお叱りを受け、児童たちが先生から指導を受けている中自分一人立たされてしまいます。ところが私はその頃異常な闘争心を拗らせていたので「俺は誇り高く戦ったから何も悪くない」とずっと肩を怒らせて先生方を睨みつけていました。なんらかの発達の偏りを疑われなかったのが不思議なくらいです。

なぜそんな短気なお子様だったのか?

 さて、いよいよ『箱家の人びと』本編に入りますが、これに関しては父の教えがかなり影響していたと考えられます。「やられたらやり返せ」という教育が徹底しており、一度兄が同級生にからかいを受けた時は「追い詰めて泣くまで殴ってやれ」と家族会議で決定されました。兄の何がすごいって、これを本当に実行したのです。また兄が女子にからかわれた時はその女子の缶ペンを躊躇なく叩き潰しています。もはやヤクザの論理です。兄のヤクザの論理に関してはまた後述しますが、自分が去勢された腰抜けそのものなので子供心にこの徹底した闘争心に憧れる部分がありました。

父の何がエキセントリックだったか?

 ここまでの流れでなんとなくお察しでしょうが、はっきり言って箱パパはマジでエキセントリックな人です。まず最初に言っておくと一人称が「王様」なあたり何やら不穏なものを感じます。なんなら我が子のことも本名では呼びません。例を出すと兄はまったく本名と関係ない「ブリ」という名で呼ばれていました。ある日父が突然「あまり人前であだ名で呼ぶと奇異の目で見られる。これからはブリを古田と呼ぼう」と言い出します。おかしなことをしている自覚があったのも面白いですが、そこで別の名を提案するところからも変わった価値観が垣間見えますね。
人から「お父さんってどんな人?」と訊かれたら「さとパパ※とジャイアンを混ぜたような人」という説明がぴったりだと思っているのですが、それははっきり言ってヤベー人です。
(※Xユーザーさとちゃん氏(https://x.com/sato5128fの父親氏のこと。詳細は当該アカウントを参照されたし)
箱パパはあまり軍国主義教育の影響を受ける世代ではないはずなのですが、なぜか軍隊という様式が大好きで、我が家の家訓として「上官には敬意を払え、でないと首を刎ねられるぞ」というものがあります。「目上の人を敬いましょう」と言えばいいところを軍隊風味にアレンジしてしまうのが独特ですね。他には子供が風呂に入っているのを確認するとドアを開け放して「旧日本兵は風呂なんてなかなか入れなかったのにお前に入浴の権利があると思ってるのかー!!」と怒鳴るのです。風呂に入らない子供が叱られるのはよく聞きますが風呂に入っていることで叱られるのはあまり聞いたことないなあ。このエピソードからおわかりの通り箱家の子供たちにはプライバシーがあまりありません。帰宅後の父が泥酔して子供をぶん殴り始めるのをわかっているのでみんなすぐ自室に引っ込むのですが、父はたびたび部屋のドアを開けて「(勉強を)やってるかー!!」と絶叫するのです。そんなに怒んなくてもいいやろ……。
 箱パパがさとパパに似ている点のひとつですが、すぐ家族会議を開きたがります。しかし、箱パパの場合子供が何か気に食わないことをしたら「裁判」と称して一家全員を集めるのですが、初めから被告の有罪が決まっています。日本の司法制度をなんだと思っているんだ。陪審員には被告がいかに非があるかを述べさせるあたりもう恐怖政治です。客観的に見たらおもしろポイントが高すぎますが、これもまたさとパパに似ている点として、一応子供のためを思ってはいるんですよ。子供を思っているからこそ特殊な教育を施してしまうあたりどうしようもないすれ違いがあってまたペーソスを感じます。個人的には父には政治家になるか深夜ラジオをやるかしていただいてコンスタントに炎上したら楽しかろうと思っています。幼い頃からちょくちょく言われた「お前は自衛隊に入って戦死して遺族年金を寄越せ」「庭の枝ぶりのいい木で首を吊れ」は有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMERでも流石に放送できない問題発言だと思います。とりわけ以前母方祖母相手に「女なんて女中だろ」と言い放ったのはいい感じに炎上必至発言だったのでぜひ政界進出していただきたい。
 そんな父の面白いところとして、時にラディカルに正しいことを言うという点が挙げられます。個人的に一番面白かったのは、雪道で白い対向車を目にすると「雪と同じ色の車に乗るなー!!」ですね。至言と言えるでしょう。また学校教育に関して「学校は勉強するところではない、予定時間を守って行動する訓練をするところだ」との持論を展開していました。うーん、癖はあるがラディカルに正しい。こういう面白いところがあるからいかんせん責められないというのが子供の素直な本音です。
ちなみに先日そんな強者の矜持に溢れる父から送られてきた手紙には締めくくりの挨拶として「お利口の神より」と書かれていました。ついにそこまで来たか……。
 また先程言及しましたが、子供に強さを要求する父の教育に如実に影響を受けた兄もすごい。兄の常套手段として「極端な仮定の話を持ち出して一見理詰めだが完全に非論理的な恫喝により要求を通す」というのがあります。子供の頃もう寝る準備をしていた時間に兄からオセロに付き合ってほしいと求められたことがあったのですが、断ったところ「もし強盗が入ってきて『オセロで勝ったらお前を殺さない』と突きつけられたらどうするんだ、そのためにも俺と訓練をしろ」と無茶苦茶なことを言われました。お願いをする側なのに圧倒的に自分に有利な条件を持ち出す、ガチでヤのつく自由業の論理です。もうおもしろポイントに変換するしかない。


父の家系もエキセントリック

 さて、こんな変わり者の父が育った環境も当然特殊です。父方祖母は他害をすることはないのですが、有名人で言えば黒柳徹子さんのような悪意のない無邪気な変わり者なんです。とにかく浮世離れしていてどことなくお上品。そこも含めてマジで徹子さん。とにかく息子が大好きで孫がそのかわいい息子からぶん殴られていてもニコニコしているので徹底しています。ちなみに息子かわいさのあまり先日「最近カラフルなランドセルが増えているのは我が息子が子供たちにさまざまな色のリュックを使わせていたのをランドセル業者が見て参考にしたのだ。息子は先見の明がある」と主張していました。鬼気迫るものを感じます。どれくらい浮世離れしているかと言うと「お父様(筆者注:父方祖父のこと)がいないと思ったらいつのまにか世界一周旅行に出かけていた」などと言い出すのでなかなかすごい。何も言わずに突然世界一周を始める祖父もなんなんだ。
一度家族で東京観光をしたことがあるのですが、祖母は階段に座っている路上生活者を見て大きな声で「あの方は寝てらっしゃるのですか?」と言い出したので慌てて口を塞ぎました。徹底して言葉が丁寧なあたり悪意ゼロなのに完全アウトなニュアンスが生まれてしまいます。かわいいおばあちゃんにすら思えてきます。

そんな箱家がなんだかんだ愛おしい

 今まで書いた通りおわかりでしょうが、箱家の人々は皆さん清々しいほどに自己感情に忠実でどこか人間臭く、憎めないのです。私の人間性が醸成されたこの一族がどこか愛おしい。おかしな人間ほど愛着が湧くというのは本当なのでしょう。酒の勢いでいい加減なことを書き散らしてしまいましたが、そんな箱家の人々を見守っていただければ幸いです。また何か面白いことがあったら報告しようと思います。ではまた。

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