【短編小説】北へ傾く。
ある電柱は、毎日苦言を呈していた。
なんせ、日々自分の身体が北へ北へと傾いているからだ。
このまま傾き続ければ、自分はいつか中心辺りからぽっきりと折れ、死に絶えるだろう。
傾く理由は、地形や天候など様々あるが、1番の根幹の原因は「電力の供給割合の傾き」によるものだ。
家庭によって、使われる電力量は違う。そして電柱は、より多く電力が使われる方へと傾いていく。
普段は倒れないように、人間が電線の量や向きを調節してくれているから安心なのだが、たったのこの2週間で自分の身体はあっという間に北寄りになった。
点検が1か月に1回しかないのが今は遠く感じられ、自分はそこまで耐えることができるかという不安もあってか、酷くもどかしさを感じる。
電柱は、意識を電線に向ける。
そして、1番強く電力が使われている北側の家元に神経を注ぐ。
すると、そこには少年の姿が1つ。
猫背でひたすら液晶画面に向かっている。
なんだ、これは。と、電柱は暫くその少年を観察する。
少年は、食事も摂らず、家族も部屋に入れず、暗い部屋で液晶画面にひらすら向かっているのだ。
異様で気色悪く、でも可笑しな光景を見たような変な感覚になって、電柱は数日間その少年の1つの姿を見続けた。
少年は、その数日間殆ど寝なかった。
なるほど、こうも毎日1日中電力を使っていれば、そちらへ身体が傾くのも仕様がない。
だって、普通の家庭の夜の電力量は非常に微弱なのだから。
それに比べ、この家からは1日中同じくらいの電力量を必要としている。
電柱は、何となくこの少年の状況は良いとは言えないのではないかと思い、策を講じることにした。
暫く考え、電柱は一時的に電力量を最大出力で送ることにした。
それは、液量画面を眩しいくらいに輝かせ、何もできないようにすることを意味する。
それで、日々色濃くなるクマを治そうとしない少年の行為が少しでも止まればと思ったのだ。
電柱は力を込める。
すると「うわっ」という少年の声と共に、機器を手放す少年の影が1つ、眩しく輝いた部屋から見えた。
電柱は、それを頻繁に行った。何度も何度も。
すると、少年は次第に液晶画面を見ることはなくなり、読書をするようになった。
家の中の本を全て読み切ると、次は部屋の掃除をし始めた。
部屋の掃除を終えると、次は家族がいない時間帯に自分で料理をするようになった。
そして、いつしか家族への料理も作り置きするようになった。
そして、家族と話すようになり、外出するようになった。
電柱は、その間も電力を送り続けた。
嫌そうな少年の顔が、いつからか意味深な顔になり始めたのは、きっと気のせいだ。
ある日、少年は学生らしい服装をして、朝、家から出ていった。
少年は家族に語ったらしい。
「眩しく輝くテレビに、毎日、自分を心配そうに見つめる誰かの目が映っていたんだ」と。
少年の姿を見送った電柱は、ほっと息をついた。
その日、日が落ちかける西からの夕日を浴びて影を落としながら、ある電柱が北向きに倒れた。
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