見出し画像

好きだったnoterさんが消えてしまった。SNSの一期一会に想いを馳せる

人を好きになる要素ってなんだろう。
私は、人の感情に触れた時、好きになる気がする。




noteには感情の言語化が上手な方が多い。
だから私には好きなnoterさんがたくさんいる。


分かる!とか、
おもしろっ!とか、
それは辛かったね…とか、
感動…!とか、

私の中で何かしらの感情が高ぶった時、私はすぐ人を好きになってしまう。

時には勇気を出してコメントしてみたりもする。

その方が私の記事を読みにきてくれてコメントをくれたり、さらにはフォローしてくれたりなんかすると、嬉しくて舞い上がる。

学生時代、好きな人からメールをもらった時みたいに嬉しい。


何回かやり取りをさせてもらったりするうちに、もう私の中では勝手に「大好きな人」に昇格している。

(愛が重いタイプ)



次の記事を楽しみにして、ワクワクしている。
大好きな漫画の更新を待つみたいに、ワクワクしている。

そんなある日。
あれっ、最近○○さん、記事更新されてないな?
と気づいてホーム画面を見に行ってみた。
(ストーカー)


そしたら…
好きだったnoterさんが、忽然と消えてしまっていた。

記事もない、フォローリストからも消えている、過去にいただいたコメントも消えていた…。


悲しい。


何か辛いことがあったのかなーとか、
違うアカウントに転生したのかなーとか、
なんでだろう、って考える。

考えたって、答えが見つかるわけないのだけど。

見たことも会ったこともない方だし、私の生活に何か直接影響があるわけでもない。

でも、さみしい。


記事、好きだったなー
もっと読みたかったなぁ。




noteは、他のSNSよりも、深くその人を知ることができるSNSだと思う。
リアルでは言えないことを話せる場所でもあるから。

けど、所詮SNSなのだ。
現実とは違う。
いつ辞めたって自由。

わたしだって、いつ突然辞めるか分からない。
そんなものだ。

ていうか、辞めたnoterさんも、私にこんな重い愛を語られてると知ったら普通にキモって思うだろう。

私も書いててキモいと思った。重い。
たった数言コメントを交わしただけの仲でしかないのに。


感情移入しすぎないように、期待しないように…。
のめり込みやすいタイプの私は、気をつけないといけないな。


SNSに、きれいな結末なんて期待してはいけないのだ。
それこそがノンフィクションの醍醐味なんだから。

ゆるく一期一会を楽しむくらいの気持ちでいきたい。


いなくなってしまったnoterさんが、どこかで元気に暮らしていますように。


いいなと思ったら応援しよう!