言葉はいらない
数週間前、カナダにいる息子から電話がかかってきた。
「まま、お願いがあるんだけど。H君にプレゼントを買ってあげたいんだけど、ちょっと高いから半分お金出してもらえないかな?」
H君は息子が高校の時からの大親友だ。息子は昨年日本に行って、今はカナダの大学に行っているが、離れていても、お互い苦しい時は連絡を取り合って支えあっている。息子が夫に殴られて鼻血を出した時も、失恋した時もインドからずっと支えてくれた。
12月はH君の誕生日なのだが、今回はどうしてもiPadを買ってあげたいんだそう。
私だって買うのに躊躇するレベルのものを、お金を稼いでない息子が友人の誕生日プレゼントにするのは、正直Yesと言うかどうか迷った。iPadは約5万ルピーだが、私のスマホは1万2千ルピー、清水寺から飛び降りて買った初めての指輪だってその程度だ。(笑)
しかし、どうやらH君には不幸が続いているらしく、カナダにいる息子は彼が欲しがっていたものをどうしても贈りたがった。「半分はぼくの貯金から、半分はアルバイト始めたら返すから!」と必死であったし、何より親友を喜ばせたい(今回は励ましたい、が正しいかな)と言う気持ちは素晴らしい事なので、応援することにした。
プレゼントはその2日後ぐらいに私の所に届いたので、いつ渡そうかちょっと迷っていた。引っ越ししてしまうと今より遠くなってしまうので、引っ越し前がいいかなと思い、H君にはプレゼントの事も、不幸があったのを知っている事も一切におわすことなく、ランチに行こうと誘った。息子はここにいないが、何度か私と二人で出かけている。血のつながりのない、息子の様なものだ。
ランチはどこにしようか迷ったが、お互いの家からも近いし、選択肢も多いのでCyberHubにした。H君は「最近はインド料理が多いから、何か新しいものにチャレンジしたい」と言うので、今年の夏にオープンしたココ壱番屋に行ってみることにした。
ごはんを食べ終わって、私は食後のコーヒー、H君はアイスクリームを出されたところで、息子の話題になったので、「これね、息子に渡してくれって頼まれたの」と言ってプレゼントを渡した。
「え~何?変なものじゃないよねえ。開けた方がいい?」と言うので開けてもらうと、プレゼントが何か分かったH君はフリーズしてしまった。嬉しいけど、驚きで何と言えばいいのか?といった表情。H君を見ていれば本当に喜んでいることが分かったので、言葉は別にいらなかったし、私も少しウルっとしてしまった。
息子よ、お前の気持ちは確かに届いたし、H君はきっと元気をもらったよ。
人を喜ばせたい、そのためにアクションを起こすことができる様になった息子を誇らしく思う。
私はH君に何があったのか知らないことになっているので、「なんか分からないけど(誕生日より)早く渡してって言われてね」と言うと、具体的に何があったのかを教えてくれた。
まず、H君は今年の10月には医学部入学のための試験を受験したのだが、その出来が良くなかった。(選択式だけど間違うと減点なので、200問中100問ぐらいを白紙で出したんだそう。)その上、付き合っていた彼女の母親がまだ若いのに亡くなり、つらい境地にいる彼女をずっと支えていたのに、ある日突然フラれてしまった。彼女の言い分は「(母親の死を含め)過去と決別したいの。」だそうだが、どうやらSNSで新しい出会いがあったようだ。
H君はショックが重なって夜あまり眠れなくなってしまった。ある夜、気を紛らわすために近くに散歩に出た。すると後ろから男が二人つけてきていることに気が付いた。怖くなったH君は慌てて友達に電話し、後ろの二人に警戒を送ったが、逆効果になってしまい、二人に追いかけられてしまった。
慌てて走ったが、転んでしまった。動揺しながら履いていたサンダルとスマホを、自分でもよく分からず藪に向かって放り投げ、さらに逃げようとしたものの捕まってしまった。この二人に殴られ、蹴られ、その上、その月のお小遣いとしてもらったばかりのお金も取られてしまった。
その後、隙をついて走って逃げることができたので、離れて二人から見えないところに隠れて30分程、二人が立ち去るまでそのまま待っていたそうです。インドでも11月の夜は冷えます。殴られ、蹴られ、裸足のまま見つかるかもしれない恐怖に怯えての暗闇での30分は一生に思える長さだったでしょう。
その後、二人が立ち去ったのを確認して、襲われた場所に戻り、暗闇の中、手探りでサンダルとスマホを探し、何とか見つけて部屋に戻ったそうです。
なんとも悲しいのは、理由があるとは言え、このことを私の息子以外のだれにも(ご両親にも)言っていないんだそうです。
その夜、電話で話をしていた友人には、心配させたくないから「冗談だったんだ!」とメッセージし、お兄さんには「おこづかいあげたばっかりなのに!そもそもそんな夜中になんで外にいるんだ!」と怒られるので言えず、ご両親に言うと「やっぱり一人暮らしなんて危ないから家に戻りなさい!」と家から一歩も出してくれなくなるので、やはり伝えていないんだそうです。暴力を振るわれた痛みによりしばらくちゃんと睡眠もとれず、ルームメイトにも詮索されたくないので、元気なふりをずっとしているのだそうです。
つらいことがあったのに(H君が自分で決めたとは言え)家族や近くの人に言えないのは、もっとつらい気がします。
そんな状況ではありましたが、今日はちゃんと食欲ありましたし、笑顔も出ていたし、息子の気持ちが伝わって元気が注入されたらいいな、と思います。
がんばれ!私も息子も応援しているよ!
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