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DGR #1 概要           DGR(Dry Growing Rice)   節水水稲栽培 乾田直播

 現在農業界や関連業界の大きなゲームチェンジ手法として注目されている水稲の栽培技法がある。
 当初は「マイコス米」と称され、のちDDSR(Dry direct seeding rice)とも称される場面もあった。「マイコス米」については北海道の山本耕拓氏が商標を取得したことから、若干呼称が不安定な状態ではある。
 私たち3eyes agri projectでは、栽培通期の管理特徴を体現する名称として「Dry Growing Rice~DGR」と称して、概要の説明や普及を進めている。
 
 この栽培の特徴としては・・・
①育苗を行わず、乾田に直接種もみを播種する。

②その後、いわゆる「湛水」を行わず、水分供与は「走り水」程度で対応する。通期で2~10回程度。

③湛水を行わないが、既存の陸稲品種を用いるのではなく、湛水用に育成された「水稲品種」を用いる。

 という3点を挙げる。

 栽培者や、社会に対するメリットは以下の3点。
①湛水を行わないことにより、水田から発散されるメタンガスを大幅に削減可能(9割以上削減、と考えられる)。削減された排出GHG(温室効果ガス)は、様々な角度で生産者の経営に資することが可能であると考える。

②育苗や水管理の時間投入が大幅にカットできることによる、生産費の大幅削減。また、従事者1人当たりの管理面積の大幅な拡大が可能。減少する生産者総数が、効率を高めて食糧生産を維持、農地を管理するという時勢に合致する。

③水資源全体の3分の2を用いるのが農業。その3分の2のうち、9割以上を占めるのが湛水水稲栽培である。その水資源の強力な削減が可能。

 という3点。これも国内の持続的な穀物生産における重要なポイントであると考えている。

 既にこの栽培に取り組んでいる生産者や周辺で観察されている皆さんは、注意すべきポイントの把握が進んでいると思われるが、ここでは「ナニソレ?」という出発点で興味を持たれた、主に生産者に焦点を絞って概要の説明を進めようと思う。


播種機も営農規模により適切に選択。
あえての最小パッケージ、最コスパモデルの選定を進めています。写真は18馬力モデル。

第一ステージ 「乾田に直接種まき? それで収穫まで?本当か?」

 これまでビニールハウス内で育苗箱に培土を充填し、播種してきた皆さん。そこから催芽、発芽を経て、ビニールハウス内で水分管理と温度管理を行ってきた皆さん。
 それらの工程が省略できることについては「そりゃ魅力的だけど・・・」という「だけど」が残ることでしょう。
 世界的な穀物生産の中では、苗を仕立てて移植する栽培方式のほうがマイナーです。「ド」マイナーとは言いませんが、マイナーです。
 適切な種子処理を施す。地温や積算温度を理解する。播種深度を安定させる。発芽までの土壌水分を安定させる。
 こういった、これまでの育苗とは異なる知見、注意すべき点、工程が新たに必要であることは確かですが、それらのポイントを抑えることで、直播から良好な収穫への到達は可能です。
 問題は、その置き換えによって労力や生産費は削減できるのか、という一点です。
 できます。
 
 項目として書き上げると、まあまあに大変なようですが、実際に取り組むと、さほどのことではありません。

 育苗ハウスが不要になるなら・・・。
 
 そもそも建てなくて良い、とも言えますし、別の作物のハウス栽培に転用して更なる収入増に充てるか。農業者は屋根付き保管スペースはいくらあっても困らない。そういった保管(資機材)に充てることもできるでしょう。

 DGR初見の皆さんにお伝えしておくポイント。今まで移植水稲の経験者(縛り・固定概念の保持者とも言える)には、「鎮圧」という工程の重要さはお伝えしておきたい。

 マイコス米、DDSRへのチャレンジで、最初の成功者たちは、ほとんどが「麦栽培経験者」達です。
 
 逆に果敢なチャレンジにも関わらず、ここまで失敗を重ねているのは「水稲経験者(麦経験なし)」です。

 その両者の成功と失敗の間にある、「ひとつの溝」が「鎮圧」および、鎮圧ローラー」の存在である、ということをお伝えしておきます。

かつまたファーム圃場
静岡県御殿場市
除草は70点かな。収穫には問題ないレベルでした。

第二ステージ 「湛水をしない?そんな水分不足で米は育つのか?ウソだろ?」

 そもそも、ですが。
 この栽培のフロンティアである第一人者、ファーストペンギンは福田稔さん。この方の営農地は北海道網走です。栽培圃場もいわゆる水田ではなく畑地です。水田であっても稲作は難しいと言われてきた条件の網走において、慣行水田稲作どころか、直播・無湛水条件で稲作を成功させました。
 このインパクトが業界に激震をもたらし、多数のセカンド、サードペンギン。それに続くペンギン達が次々とブルーオーシャンに飛び込み始めました。まだ、数年という時間スパンの話です。

 私は福田さんの成功以来、多くの初期チャレンジャーと交流、意見交換を行ってきました。
 
 2025年。年を重ね、取り組み生産者も随分増え、知見収集と整理を進める事業者たちも、相当な数となりました。
 
 現在出ている結論めいた感触を申し上げるなら、
 「稲作において、湛水は絶対必要条件ではない」
 と、言えると思います。

 ただし、植物である以上、水分が不要ということはあり得ません。水分の供給や、水分吸収に資する補助的な技法や資機材、時に水やりも必要となるでしょうが、「田んぼをプール状に水張りする」必要はなく、多収も、高品質も、可能であるとう見立てが、ある程度の標準理解となりつつある現在です。

第三ステージ  「最大の鍵は除草。これまでの湛水状態用除草剤は使えない。草に埋もれて終わり、あるいはコンバイン詰まらせて終わりでしょ?」

 節水水稲栽培に実際に挑戦する際に、最大の障壁となるのは湛水の有無ではなく、除草であろうと考えられます。
 ワタシ自身、2023年40アールの試験栽培で、収穫にたどり着くことができませんでしたが、その最大の失敗要因は「除草」です。
 逆に言うなら2024年の成功の要点は除草であった、とも言えます。
 全国の取り組み生産者達は、挑戦者として横のつながりを持ち、頻度の高い交流と情報交換を進めてきました。
 この場面でも、やはり麦経験蓄積者の知見は大変有益なものでした。
 2025年の年頭時点でまとめると、ポイントとしては下記のようになると思います。
 ①雑草種子密度の低下(そもそもの雑草の種の量自体を管理する)
  刈り取り後(作中以外)のグリホサートやパラコート散布など。

 ②ローラー鎮圧による深層雑草種子の発芽抑制(遅らせる)、あるいは処理層の平滑化により土壌処理除草剤の効果向上を図る。

 ③土壌処理系の発芽抑制除草剤の正しい選択。

 ④茎葉処理除草剤の適期処理。

 こういった処理や工程を経ることで、ウィードコントロール(雑草管理)は、無湛水であっても可能になる、ということなのです。


農薬により、青ゾーンから黄色ゾーンまでの増収を達成する。その上の赤ゾーンまで持ち上げるのが、バイオスティミュラント。あくまで「概念」ですよ(笑)


第四ステージ  「やっぱり信じられない!なにか他に秘密があるの?~バイオスティミュラントという視点」

 もう一度そもそも論に戻ります。
 直播無湛水の水稲栽培以前から、農業界ではバイオスティミュラントと言われる技法に対する、注目、実践、試験、資材開発、投資が盛んになっていました。
 バイオスティミュラントとは日本語に訳せば「生体刺激」と言えます。
 肥料でも、農薬でもない分類。
 農薬は基本的に「生物的ストレス」に焦点を当てる群です。
 病気とはほとんどが糸状菌や細菌によるもの。つまり生物由来です。
 殺虫剤は言うに及ばず、害虫をターゲットにします。
 除草剤も、雑草という生命体をターゲットにしています。

 例えば「旱魃」。例えば「猛暑」。低温。多湿や浸水、強風ダメージ。これら自然環境由来のストレスを「非生物的ストレス」と呼びます。
 これらのダメージ、ストレスを、農薬はターゲットにしていません。素因、主因、誘引のうち、農薬は主因をターゲットにし、バイオスティミュラントは誘引をターゲットにしているのです。

 この畑作物で先行して実践と、知見蓄積が進んでいたバイオスティミュラント技法を、水稲に全投入した、ということも、パイオニア達の成功の重要な要素であったと考えられます。
 
 詳細なバイオスティミュラント技法については別稿に譲ります。

 アンチと言っては聞こえが悪いですが、これらの先行取り組みが報道に乗ると、信じられないくらいの「アンチ」が沸いて出てきます。
「そんなのできるわけない!」、「いかに水田が理に叶っているのか、コイツらは知らんのか!」、「そのうち連作障害で上手くできなくなるに決まっている!」などの意見です。
 ワタシ自身も報道でのお取り上げは数度に及ぶので、大量の「一言居士」から、たくさんのネガティブメッセージを頂戴しました(笑)
 特に連作障害。

 お気持ちは分かります。が、連作障害はイネに限らず、我々農業者にとっては最も重要な「解決すべき課題」です。
 プロ農業者とは、連作障害の解決法を知るもの達の集団です。

 実は、湛水というのも、効果の高い連作障害回避方法の一つなのですが、それが叶わないジャガイモでも、トマトでも、全ての作物で連作障害の回避方法は知見として確立が進んでいます。

 ということで、現場生産者も兼ねるワタシとしては、連作障害についてはさしたる心配はしていない、というのが率直な実感です。


複数試験機を経て、強靭性、走行安全性、耐久性、実際の効果に優れたモデルに到達。「鎮圧くん」と、呼んでやってください。

第五ステージ 「やりたいけど・・・機械が適合しない、存在しない・・・。適切な資機材選定」

 このDGRに関し、初期の挑戦の実践者が北海道の生産者であった為。また、本州以南にも伝播した際に、やはり最初にこの取り組みの有益さ(生産コスト低減や社会的意義である環境負荷の低減)に気が付き、後に続いたのは大型水稲生産者でした。大型水稲生産者とは、経営規模のみを言うのではなく、管理すり圃場区画もまた大型の生産者です。
 連動して、利用する機械類も大型の生産者と言って良いと思います。

 例えば播種を行うにも、大型生産者はドリルシーダーやスリップローラーシーダーなど、「大型トラクターへの装着が前提」の機械類ばかりです。
 ローラーをかけるとなれば、大型生産者はすぐに、ケンブリッジローラーを思いつきますが、このローラーも大型トラクター適合の機材です。

 情報に触れ、「私もやってみたい!」という興味を持ってくれる生産者は、全国に多数いらっしゃいます。ワタシのような小兵の生産者のところまで、数多い生産者からの問い合わせがあるほどです。

 ですが、日本の国土に分布する農業用地のうち、半分は中山間地。傾斜があり、圃場区画も小さい。従って利用する農業機械も小さい。

 我が街御殿場市で言えば、平均的なトラクターの馬力数で言えば20馬力強、といったところで、それ以上大きくなると、コストオーバーになってしまいます。
 ドリルシーダーなんて、ケンブリッジローラーなんて装着できないよ・・・。
 そもそもそれら、みんな高額で、経営規模に見合った投資じゃないよ・・・。
 興味はあるけど、手出しできないよ・・・。

 という声が聞こえてくるようです。
 まさに。
 これがワタシがDGR(マイコス米・DDSR)に挑戦しようとした時にぶつかった障壁でもあったのです。

 ワタシが2023年に行った40アールの試験栽培でも、失敗の直接要因は除草の失敗です。
 が、間接要因は「必要かつ、自分の経営やトラクターに適した機材にたどり着けなかった」という点なのです。


継続的な連携を形として固定する。生産者、技術者、科学者の連携により、複数視点とノウハウから現場の課題を解決します。一緒にしましょう!

3eyes agri project は、生産者、技術者、科学者の3視点をもって、生産現場の課題を解決します

 ワタシ達3eyes agri projectは、特段中山間地の課題解決に焦点を絞って活動しているわけではありません。北海道や本州の大型生産者とも課題共有を図り、垣根なく様々な有益な知見と資機材を積み上げていきたいと考えています。

 が。

 第一弾の提案は「中山間地適合・中小型トラクター適合鎮圧ローラー(鎮圧くん)」です。

 鎮圧という工程の重要さの詳細説明は、これもまた別稿に譲ります。
 
 また、各工程の詳細、全体の流れなども、順を追って皆さんにお伝えしていければと考えています。

 本稿を読まれた皆さん。立場は生産者でしょうか。技術者?科学者?関連事業者?あるいはお米を食べてくださる実需者?
 
 どんな立場の方でも構いません。
 「こんな課題があるよね」
 という気づきを私たちに投げかけてください。

 ひとつずつの課題解決が、協力に夢のある未来を築いてゆく。
 3eyes agri projectを、そんな取り組みに育てていきたいと考えています。

3eyes agri project 事務局長 
かつまたファーム株式会社 代表取締役   勝亦健太

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