#88 悲嘆の涙の扇
私は、もう一つの箱を開けた。
そこには【悲嘆の涙のマスカレード】と
似た装飾が施された扇が入っていた。
あちこちからストーンがキラキラと輝き
鮮やかな青や深みのある紫など
様々に移ろう様子も同じだった。
縁にあしらわれた黒いレースや
繊細な模様もゴシック調で
ステンドグラスのような
透き通る紫や青が悲し気な雰囲気を纏っていた。
勝手に約束を決められてしまったが
土曜日はもともとOliviaに会いに行く予定だった。
その時にこの
【悲嘆の涙のマスカレード】と
【悲嘆の涙の扇】を返せば良いか、と思い
しばらくふたつを眺めた後で
箱に丁寧に仕舞っておいた。
その数日後、Oliviaから手紙が届いた。
前回会った日の夜のことが書かれていた。
とても忙しくて、騒がしくて
あまり好きなウェディングパーティーではなかった、
というような内容だった。
私はフクロウに水をあげて、
「数日、この辺りでゆっくり休んでいてくれる?」
と声をかけた。
二日後にあちらの世界へ戻る予定だったので
帰ってきてから返事を送りたかったからだ。
フクロウは私の目を見て
優しくホゥと鳴き
ゆっくりとまた飛び立っていった。
その週の土曜日、私はGerardに返すふたつの箱を持って
あちらの世界へ戻った。
Oliviaに会いに行くと
カフェはちょうどランチを終えた客が出て
テーブルの空きが増える頃だった。
「M.ちゃん、1週間ぶり!
こっちよ、カウンター。」
Oliviaは、食器がガシャガシャと音を立てて
洗剤の入った水に出たり入ったりしている
シンクに向かう席を少し引いて
客が帰ったばかりのテーブルへ向かった。
私はOliviaが引いた席に座り、
食器たちを眺めていた。
ランチが終わって街へ戻る客の会計と
各テーブルの片づけで
Oliviaは忙しく動いていた。
時折、空いたテーブルから汚れた皿やグラス、
カトラリーがシンクへ飛んできた。
2度目に皿にぶつかりそうになった時、
奥の厨房からランチタイムの片づけと
ティータイムの準備を終えたGregoryが出てきた。
「やぁ、M.ちゃん、こんにちは。
バタバタしていてすまないね…
おっと…危ないっ。」
Gregoryは私の後ろに杖を向けた。
振り返ると
スープが残った深皿が私の目の前で浮いていた。
その深皿はゆっくりとカウンターを回って
シンクへ入っていった。
「Olivia!」
Gregoryがまだ厨房にいると思っていたOliviaは
体をビクッと震わせ、ヤバイ…という顔で振り向いた。
片付けているテーブルの皿やグラスを
今度はトレーに積んでカウンターへ戻ってきた。
「パパ。
あー…ちょっと…たまたま忙しくて…」
「お客さんがいる時間は
皿を飛ばすなって言っただろ?
いない時間でも、丁寧に扱うって約束しただろ?」
「…はい。
でもパパ、1人じゃ忙しくて。誰かもう一人雇ってよ。
このままじゃ私、店から離れられない。」
「Chiara(キアラ)がたまに手伝いに来てくれるだろう?
お前に予定があって、Chiaraも来れない時は
派遣や手伝いを手配してるし…」
「違うわ、私が手伝う程度になりたいの。」
「なんだ、何か他にしたいことでもできたのか?」
「いえ…あー…
わからないけど…
とにかくちょっと考えてよ。」
Oliviaは歯切れの悪い返事をして、
また片付けに戻った。
これが悲嘆の涙の扇を
受け取った後のおはなし。
続きはまた次回に。
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