VOL6:認定NPO法人フローレンス代表室 前田 晃平(まえだ こうへい)さん
マーケター / 認定NPO法人フローレンス 代表室。日経新聞に寄稿中。春に光文社から出版予定。Marketo, kintone, notion スキ。前職はリクルートで営業と事業開発。市長選に出馬するもボコボコにされた経験あり。慶応義塾大学総合政策学部中退。妻と娘と三人暮らし
―このインタビューでは、教育のフィールドで想いを持ってチャレンジしている方のお話を聞いていきます。今回は、認定NPO法人フローレンス代表室の前田晃平さんにお話をお伺いできればと思っています。
前田:よろしくお願いします!
Index
1、「親子の笑顔をさまたげる社会問題を解決する」フローレンスについて
2、個人の経験を掘り下げると、社会問題に気づく
3、フローレンスのストラテジーへの共感
4、「男性の家庭進出」を実現する社会へ
1、「親子の笑顔をさまたげる社会問題を解決する」フローレンスについて
―まずはフローレンスについて教えてください。
前田:フローレンスは「親子の笑顔をさまたげる社会問題を解決する」というミッションをもつNPO法人です。
病児保育、保育園の運営事業、日本で唯一の障害児保育事業、さらにアウトリーチ型の福祉であるこども宅食事業や、赤ちゃん縁組の事業など、ミッションに沿った複数の事業を行っています。
―特色はありますか?
前田:まず僕たちの事業で小さな成功事例を作ったうえで、政治や行政にアプローチして法制化や予算化を目指していくことです。僕たちだけで取り組むには壮大すぎる社会問題を扱うので、問題解決の広がりを志向しているのです。
法制化や予算化がされたとて、フローレンスへの実入りは一円もありませんが、僕たちの解決したい社会問題の全国規模での解決につながると信じて取り組んでいます。
―たとえばどのような成功事例がありますか?
前田:保育園の待機児童問題が象徴的な事例です。「待機児童がいるのであれば、保育園を作ればいいじゃん」と思うかもしれませんし、実際、僕もそう思っていたのですが、いろいろ調べてみるとそう簡単には作れません。認可保育園というのはご存知ですか?
―はい。国の認可を受けて運営する保育園のことですね。
前田:そうです。その認可保育園をつくるためには、国が定める設置基準をすべて満たす必要があるのですが、これが難しいのです。たとえば、定員は原則20名以上である必要があり、また、子どもの人数に応じた保育室や屋外遊技場の面積、さらに、保育士の数なども定められています。保育の質を保つために定められた設置基準ではあるのですが、問題は、待機児童が深刻な都心ほど施設の面積を十分に満たすことができずに、新規の保育園設置が進んでいなかったことです。皮肉にも設置基準の存在が、保育園の新規設置を阻み、結果、待機児童が多く発生するという構造的な矛盾が起こっていたのです。
―それでフローレンスのアプローチはどのようなものだったのでしょう?
前田:これはおかしいということで、フローレンスは2010年に「おうち保育園」という事業を始めました。マンションの一室や空き店舗などの限られたスペースで保育を行う小規模保育事業です。当然最初は「認可外保育園」でしたが、それでも大切なお子さんを預けてくださるご家庭があり、地道に取り組みを続けていく中で、問題なく保育の質が担保できることが分かってきたのです。この成功事例をもとに行政に働きかけを行った結果、子どもの保育、子育て支援を総合的に進める「子ども・子育て支援法」の施行が実現しました(2015年度)。この結果、「おうち保育園」は「小規模認可保育所」として、国の正式な認可事業に位置づけられることになりました。2019年4月時点で、全国の小規模認可保育所は4,915施設となっていますが、フローレンスが直接運営しているものは15施設にとどまり、ほかは法制度化によって実現したものになります。政治行政に声を届けて法制化、予算化していくアプローチによる問題解決の広がりのインパクトがでた、象徴的な事例だと思っています。
参考:認可保育園と認可外保育園の違い
2、個人の経験を掘り下げると、社会問題に気づく
―イメージがよくわかりました。ではフローレンスでの前田さんのミッションを教えてください。
前田:僕は代表室という部署に所属しており、代表直下で事業推進をしています。アメリカ警察の特殊部隊「SWAT」みたいに、日々めまぐるしくいろいろとやっていますね(笑)。そしてもうひとつが、twitterやnoteなどのSNSを活用しつつ、ソーシャルアクションを推進していくということです。大きくはこの2つかなと思います。
―前田さんのnoteは多くの読者に共感をもって読まれていますね。なぜ始められたのですか?
前田:最初に配属された部署で採用マーケティングの仕事をもらい、ひと通りのWEBマーケ的なことは試みたのですが、予算が多くないために、効果が一定程度にとどまり悩んでいました。フローレンスはいまものすごい勢いで拡張している組織になっていて、僕が入社した2018年当時で社員が500人程度だったのが、いまもう700人規模です。事業を運営・拡張していくうえでミッションに共感いただける人材の採用が不可欠なのですが、採用予算は十分に割けない。そんななかで、広告よりもコンテンツマーケティングをしていこうと考えたのがきっかけでした。フローレンスはいいコンテンツを持っていると思っているので、中の人間が、こんなことをやっている/こんなことを考えているということが伝わればいいなと考えて始めてみました。
―試行錯誤はありましたか?
前田:伝えようとしているのは一貫して、「親子の笑顔をさまたげる社会問題を解決する」というフローレンスのミッションそのままなのですが、PDCAは回しています。いちばん難しいのは、フローレンスが取り組む社会問題の領域は、一般的な認知度が高くないことです。たとえば障害児保育。ここには間違いなく大きな問題があるのですが、これをそのまま伝えたとて、響く人と響かない人とがくっきり分かれてくるのですが、そこからもう少しだけ、多くの人に興味を持ってもらいたいと思っています。目的はフローレンスならびにその社会問題の認知拡大であり、ミッションに共感してともに事業に取り組んでくれる仲間づくりですから、フローレンスの取り組む問題領域のトピックでありながら、それを多くの人が関心を持ってくださる方法を模索したいな、と。
―前田さんのnoteはご自身の体験談から話がはじまるものが多く、とても読みやすく感じています。
前田:そこが実は一番意識しているところです。僕は学者ではないし、フローレンスに転職してまだ三年ですからこの業界のエキスパートでもありません。そんな僕が、これだけ情報過多の時代にひとさまに読んでいただく記事を書こうと思うと、「共感の接点」をつくるしかないかなって。「わかる~~」みたいな。そこにまずは入る。ただそれだけだとなにもならないので、その僕個人の経験をいろいろ掘り下げていくと、大きな社会問題があったことに気づきましたという流れにしていくのです。いろんなパターンを試したのですが、この書き方が、多くの人に受け入れていただけるパターンだというのがわかってきました。最初は難しい本の要約とかもやりましたけどね。それはなかなかうまくいかずで・・・。読者のみなさまに学ばせていただきながら取り組んでいます。
―最近の記事への反響はどうですか?
前田:最近増えてきたのは、「このことは私も言いたかったことです」だったり、「こうやって動いてくれる人が嬉しいです」というような声です。こういうコメントをいただくと、本当に嬉しいですし、とても励みになります。
3、フローレンスのストラテジーへの共感
―いまのお話はマーケティングを考えるうえでとても学びがありますね。さて、前田さん自身がフローレンスに飛び込んだきっかけはなんだったのでしょう?
前田:少しさかのぼってお話しますが、もともと私は市長選挙に出たりするように社会問題に関心を持っているタイプで、前職のリクルート時代も、「親子にまつわる社会問題を事業を通じて解決しよう」と考え、社内の新規事業起案制度に積極的にエントリーしていました。予算とミッションをもらって2年くらい取り組むまではいったのですが、事業化するかしないかという最終ジャッジのところで2つともぽしゃってしまいまして・・・。
―どうしてですか?
前田:当時のジャッジ基準が、その事業が数年以内に100億の売上を見立てられるのかどうかだったのですが、僕の実力不足で、どう頭をひねっても100億の絵が描けなかったのです。2回挑戦して2回ともダメでした。100億以上の売上が見立てられそうなほかのテーマに取り組むという考え方もあったのですが、僕自身が心からコミットできる課題が見つからず、自分が情熱をもって「事業を通じて社会課題が解決できるフィールド」を探し始めたときに、フローレンスに出会ったのです。
―フローレンスに共感したポイントはどこですか?
前田:ストラテジーにもっとも共感しました。さきほどフローレンスの特色として語ったことですが、まずは自分たちで成功事例をつくって突破口を切り開くことをしたうえで、そこで終わらせずにさまざまなステークホルダーを巻き込みながら拡張させて、社会問題の全体的な解決に進めていくという考え方がとてもいいなと思ったのです。
―フローレンスのこだわりのアプローチですね。
前田:N=1の問題解決にとどまらずに問題を一般化させ、そのインパクトを拡張していくことにこだわってやっています。正直に申し上げると、一般化のアプローチの過程で、全ての人のご意見にはそぐわない場合も出てきて、「何もわかっていないな」と厳しいお言葉を頂戴することもあります。それでも、僕たちはミッションを信じて、このアプローチを選択していますし、なぜフローレンスがこれをやれるのかと聞かれると、「そのようなアプローチを選んでいるから」ということになると思います。
―前田さんはベンチャー企業やリクルートなど、ビジネスセクターでの活動を経てフローレンスに入社されています。ビジネスセクターとNPOセクターの違いはどうとらえていますか?
前田:目の前の一つ一つの日々のタスクについては違いは感じません。企画書を書いて経営会議を通して、時には詰められながら(笑)PJTを回して。ただ経営判断の基準に明確な違いがあって、ビジネスセクターは利益を出してなんぼですが、代表の駒崎(駒さんと呼んでいます)の判断は、いくら儲かるかではなく、「N=1で困っている人がいるという事実があるかどうか」、かつ、「中長期的視野も含めて社会全体に還元されるだろうというエビデンスがあるかどうか」。この2つです。
―軸の2つのうちの後者はフローレンスの特色ですね。
前田:そうですね。自前の事業モデルの中でやるのか、行政にアプローチして補助金を出してもらうところまでやるのか、いずれにしても中長期的に社会全体に還元できる価値が出せるのかを突き詰めて考えています。また、これはビジネスセクターと同じことですが、黒字化しないと事業継続性がないので、単一事業で赤字運営を続けるのは3年までと決めています。それまでは収益化できている他の事業や寄付で賄いますが、期限を決めてけっこうシビアにやっているのです。
4、「男性の家庭進出」を実現する社会へ
―これからの前田さんについて教えてください。本の出版を準備されているそうですが。
前田:はい。日本のジェンダーギャップや、少子化問題を掘り下げていきたいと考えています。少し内容を先出しすると、結局この問題を解くカギは「男性の家庭進出」がキーワードだと思っています。そして、男性の問題ということよりも、「社会問題」としてフォーカスしてとらえていきたいと僕は考えています。
―具体的にはどういうことですか?
前田:たとえば保育園へのお迎えを考えたときに、当然女性がという状態が非常に多いのですが、それだと女性のキャリア継続が難しくなりますね。子どもは、僕自身が娘をもってみて思うのですが、本来メリットデメリットで考えるものではないはずです。ところが現実に、子どもを持つことで女性がキャリアの中で失うものがあまりにも多い状態になっていて、天秤にかけなくていいはずのものを天秤にかけなければいけない状況になった結果、子どもをもつことを断念せざるを得ない事態が少子化を生んでいます。一方で男性の方に目を向けると、日本の男性は世界一長時間労働に従事している状況になっていて、男性個人の努力ももちろん大切なのですが、それだけではいかんともしがたい構造的な問題が横たわっていると考えています。著書ではこういうことを問題提起していきたいと考えています。
―前田さんご自身も1歳の娘がいらっしゃるとのことですが、どのように「家庭進出」されていますか?
前田:奥さんとしっかりと話すことが何より大切だと思います。こうあるべきみたいなのはきっとなくて、ご家庭ごとのあり方があるはずですから。自分にしても、家庭進出できているのはフローレンスにいるからってだけです。偉そうなことはいえません。
―と、いいますと?
前田:男性の家庭進出が可能な風土・制度・運用が存在する職場だからです。それこそ私も昔は、ベンチャー的なノリの働き方と言いますか、たとえば22時から会議を始めて終電を過ぎてそのまま上司と飲み屋に突入して朝4時まで語り、みたいな働き方をしていた時期もあります。決して僕が特殊だったわけではないと思うのです。こういう環境で歯を食いしばって頑張ってるお父さんもいるわけじゃないですか。なので、発信の仕方はとても難しくて、「僕が家庭進出できているからみなさんもやってください」はお門違いも甚だしいと考えています。
―なるほど。
前田:世界一長時間労働の日本の男性ですが、近年、家事・育児に参加する時間もちょっとは増えてきているというデータもあります。男性の側も、いまある環境のなかで「家庭進出しよう」という努力をしてきていると思っています。ですから、それをやるには社会の仕組みを変えなくてはいけないという点、そこに注力して発信していきたいと考えています。日本は先進国の中で、家族関連支出がとても低い状態なのですね。みんな個々人の立場と環境の中で頑張っているから、そういうところの支援を社会がやってくれないと、という問題提起をしていきたいと思っています。
―前田さんのように、男性の側からこのトピックについて発信があるのは、価値があるように聞いていて思います。
前田:ベンチャー企業・リクルート・フローレンスとさまざまな職場環境を経験してきて、僕としてはいろいろな立場が身に染みています。ごりごり働いていく/いかざるを得ない環境がある一方で、その裏で涙を流しているママも多く見知ってきました。ですから、仕組みを変えないといけないのです。フローレンスには政策シンクタンクのような、官僚の方々や専門家の皆様で構成されているチームがあるのですが、そうした場での政策立案もどんどんやっていきたいと思っています。
―前田さんのアプローチが非常によくわかりました。著書の発売も楽しみにしています。本日は本当に、ありがとうございました!
前田さんのnoteが気になった方はこちら。