ディヴァン・ジャポネと過ごす夜
こんばんは。今日もお疲れさまでした。
彼はその年、リトグラフにハマっていました。美術館や美術展に一緒に行く事はなくても、デパートの上階にある絵画コーナーで、毎回と言って良いほど彼はリトグラフを買い込みました。
好きな作家がいる訳ではありません。それはいつもインスピレーションだったように思います。お洒落な作風の方もいれば、古風な作風の方のリトグラフもあります。ラッセンもあれば、ウォーホールも横に飾っていました。
そんな彼は、私が好きなロートレックという作家を覚えていました。一緒にムーランルージュの映画を見ながら、その時代の世界観にうっとりしていたのです。
彼は、私が一人暮らしをする時にプレゼントと言って、50号サイズのロートレックのディヴァン・ジャポネのリトグラフをプレゼントしてくれました。大きな白い壁の真っ青な家具や家電で揃えられた私の不可思議な部屋の中で、そのリトグラフだけが浮いていました。
それでも私は、ベッドから一番見えやすい壁にそれを飾りました。一人で部屋にいる時、それは私の一番の癒しになりました。
彼は、私の部屋にいる時、その絵の話をしませんでした。
彼と別れた時、リトグラフの行方を相談しました。彼は「あなたの好きにすれば良いよ」と言いました。
私を4年間癒してくれた大切なリトグラフですが、私はその絵を手放しました。彼に囚われているものは何も持ちたくなかったのです。
画集の中で、小さなディヴァン・ジャポネを見るたびに、大きなディヴァン・ジャポネと過ごした夜を思います。あのパソコンもない青い小さな部屋で、彼らはいつも華やかな匂いと音楽と空気を額の向こうから漂わせていました。
その長い夜の思い出は、もう私がリトグラフを贈ってくれた彼に囚われる事はなくても、ロートレックに囚われるには十分な歳月でした。
今夜も夢の続きにムーランルージュで逢いましょう。おやすみなさい。