御用地遺跡 土偶 48:ムスビの系譜
安城市の大岡白山神社には多くの境内社が存在しました。その中でイザナミの関係する境内社や、この地域特有の境内社などを取り上げて紹介します。
本殿の西側には4社の境内社が祀られていた。
下記写真はその4社の最も北に位置する大己貴社(おおなむちしゃ)側から4社を撮影したもので、4社とも本殿の側面の方を向いています。
北側(上記写真手前)から以下の4社です。
大己貴社 祭神:大己貴神(大国主神)
稲荷社 祭神:ウカノミタマor吒枳尼天(ダキニテン)
愛宕社 祭神:伊弉冉尊(イザナミ)・埴山姫神・天熊人命・稚産霊神・豊受姫命
熊野社 祭神:家都美御子大神・速玉大神
・牟須美大神(ムスビ=イザナミの別名)
※太文字は最上記MAPに記載されている境内社
社名以外の情報は無いので、祭神は基本的に各神社の総本社の祭神を紹介してあります。
4社のうちイザナミが祀られているのは愛宕社と熊野社ですが、本殿に伊弉冉命が祀られていることから、周辺の廃止された神社から合祀された境内社である可能性があります。
上記4社と拝殿を挟んで東側にも4社の境内社が祀られていました。
上記写真は最も北側(上記写真手前)の若宮社側から撮影したもので、北側から以下の4社が祀られています。
若宮社 祭神:伊邪那美命(イザナミ)
八幡社 祭神:八幡大神・比売大神・神功皇后
金劔社 祭神:瓊々杵尊(ニニギ)
比蘇天神社 祭神:高御産巣日神(タカミムスビ)・豊受姫命・猿田彦命
※太文字は最上記MAPに記載されている境内社
4社のうちイザナミが祀られているのは若宮社。
金劔社(きんけんしゃ)は鹿乗川(かのりがわ)沿いにも祀られていた神社で、そこで初めて遭遇した神社だった。
金劔社は白山七社のうちの一社だが、情報が少なすぎて、紹介できなかった神社だ。
ちなみに「白山七社」とは以下の7社を指す。
《本宮四社》
白山本宮 現在の白山比咩神社
金剱宮 白山市鶴来日詰町金剱宮
三宮 現在の白山比咩神社鎮座地に存在した神社
岩本宮 現在の岩本神社(能美市岩本町)
《中宮三社》
中宮 笥笠中宮神社(白山市中宮)
佐羅宮 佐羅早松神社(白山市佐良)
別宮 白山別宮神社(白山市別宮町)
この部分の4社の境内社の中で初めて遭遇した社が、以下の比蘇天神社(ひそてんじんしゃ)だった。
「天神社」と言うと、一般に菅原道眞公を想起するが、「天神」とは国津神に対する天津神のことで、複数の神が存在する。
比蘇天神社筆頭の祭神と思われる高御産巣日神は本殿に祀られているイザナギ・イザナミの祖先に当たる神の一柱で、生物のDNAが雄雌に分かれる以前の神だ。
「高御産巣日神(タカミムスビ)」と熊野社に祀られたイザナミの別名「牟須美大神(ムスビ)」に共通点があるのは偶然ではない。
本殿の裏面に回って、本殿の左右に祀られた上記8社を巡って、社殿と神門の間のスペースに戻ってくると、神門の北西に表参道の方を向けて以下の2社が祀られていた。
天神社 祭神:菅原道眞公
地主社 祭神:大岡忌寸
※太文字は最上記MAPに記載されている境内社
上記写真2社の右隣にある板碑には「伊勢神宮遥拝地」と刻まれている。
下記写真、地主社に関して教育委員会製作の案内書『三河三白山・大岡白山神社』に「大岡忌寸(おおおか いみき/地主神)」とある。
直前の記事と繰り返しになるが、大岡忌寸とは天智天皇から氏姓を賜った飛鳥時代の画僧恵尊(えそん)の子孫である。
神門を出ると神門の西側の朱の透かし塀と築地塀(ついじべい)の間に割り込むように瓦葺切妻造棟入の荒神社が祀られていた。
正面には格子戸が閉まっている。
この荒神の祭神は本殿に祀られたイザナギ・イザナミの息子であるスサノオである可能性が高いと考えられるのだが、この地元では不明と考えられているようで、格子戸越しに社内を観ると、奥に棚が設けられており、棚の中央に素木造の祠が1基だけ設置され、その扉の前には素木の御幣が置かれていた。
神門を挟んで反対側の築地塀の切れ目には瓦葺入母屋造棟入の秋葉神社が祀られていた。
正面は板壁に格子戸が閉まっている。
この秋葉社の軒下の蟇股(かえるまた)には珍しい、波に麒麟の浮彫が装飾されていた。
神社仏閣で遭遇したのは初めての麒麟だ。
この秋葉社の10m以上南側に山神社と須佐之男社が下記写真のような同じ形式の竹を紐で組んだ瑞垣(みずがき)を持つ社として、少し離した形で祀られていた。
境内社で竹を組んだ瑞垣を見るのは初めてだが、洒落ていて好い形だった。
山神社はこの地域では地主神として祀られる場合が多いのだが、地主社はすでに神門内に祀られているので、大山咋神(オオヤマクイ)を祀るための山神社である可能性が高い。
となると、大山咋神は、やはり本殿に祀られているイザナギ・イザナミの息子であるスサノオの別名でもあり、イザナギ・イザナミ関連の御子神として山神社と須佐之男社は祀られているものとみられる。
須佐之男社から表参道に戻り、9段の石段を降りると、参道の右手(西側)に、ここ大岡白山神社にやってくる途中に視覚に入った社があるはずなのだが、池は潅木に覆われ、参道からは下がった場所にあり、やってくる途中に気づいていなければ見過ごしていたかもしれなかった。
参道から池の方に降りていくと、金属パイプから水の落ちている池の中に倒壊に対応するためのテグスの張られた朱の鳥居が建てられていた。
水は、やや不透明だが、緋鯉の姿が見えた。
鳥居の数メートル奥には岩を重ねた島があり、表参道のほうを向けて銅板葺素木造の社と「市杵島社」と刻まれた社号標が設置されていた。
祭神の市杵島姫命はスサノオの娘であり、本殿に祀られているイザナギ・イザナミの孫にあたる。
つまり、神門の外側にはスサノオ3態と市杵島姫命の父娘が祀られていることになる。
池の水面下を見ると、緋鯉だけではなく様々な鯉が回遊していたが、やはり目に付くのはここの朱の鳥居と同じ色の緋鯉だった。
小生の足音で集まって来たりもするので、珍しく肥満した鯉は居なかったが、最小限の餌は貰っているようだ。
ここ、境内社の市杵島社に祀られた市杵島姫命もまた、イザナギ・イザナミの系譜だ。
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大岡白山神社には、直前に参拝してきた市杵島姫神社にセットで祀られていた荒神社と市杵島姫社そのものが祀られていました。
その大岡白山神社は安城市の神社としては珍しく、3種もの案内板が境内に掲示され、すべての境内社が社号標と表札を持っていたことから、その全貌が明らかになりました。もし、社号標も表札も無かったら、各境内社には意味が無くなり、何も分からない謎の境内社群となっていたことでしょう。
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