#たいらとショートショート 【短編】マンマの気まぐれパスタ
↑こちらの企画に参加させていただきます。
【短編】マンマの気まぐれパスタ
「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
気さく。気さくだねえ。
ニコニコしちゃって。口元の白いお髭に白髪にメガネの上の眉毛も白いのかね、君は。
確か君の名前は…いやいや、ネームプレートを見ずに当てようではないか。
「お先にお飲み物は…。」
「ああ、であれば…モレッティを。」
「モレッティですね。」
「ああ、モレッティだ。」
ビール…結局最初は安全牌を引いてしまう。いや、今日は思いの外いや、思っている通りに蒸し蒸しと暑いのだ。だから、まずはビール。
「グラスはおひとつでよろしいですか。」
「ああ、ひとつだ。……君もここに座って飲むかね?」
「せっかくですが、あいにく勤務中で。」
「冗談だよ。決まっているだろう。」
「では、少々お待ちを。」
ネームプレートをチラッと見る。
大萱。
そうそう。おおがや。
私はあの男を殺しに来た。
私はあの男に恨みはない。金を積まれた。小さな銃と札束を同時に渡されて。厄介なことに、大萱は同じ町内会の人間で、度々、朝のゴミ捨て場で顔を合わせる。
なぜ殺さねばならないのか。それは守秘義務だが、これは教えよう。殺しは大萱の妻の依頼だ。つまり、この店のマンマだ。
街に唯一、1軒のトラットリア。
ピッツァのおすすめは、島田さん家のナスのビアンコ猪肉のサルシッチャ添え。
パスタのおすすめは、マンマの気まぐれ…。
…気まぐれか。
私が夫をここで殺すか否か。
厨房で息を殺すでもなく調理を施しながら見物しているのであろう。
白昼堂々の犯行に及ぶほどの環境にない。
店内に響き渡るカンツォーネ。
闘牛士の歌とは、なんて奇遇。奮い立たせるため、故意に選んだか。これで突き動かされるくらいの感覚の持ち主であれば、モレッティをグラスに注ぐタイミングで銃を弾くだろう。返り血を浴びぬよう、テーブルの上の赤いペーパーナプキンを翻す。さながら闘牛士のように。
そんな妄想をしている私は仕事熱心である。
それよりも、マンマの気まぐれパスタを注文すべきか、ナスのビアンコピッツァを注文すべきか。そちらで悩むべきだ。べきべきのべきだ。
気まぐれの内容が一切書かれていないのはよほどの自信があるのだろう。食べてみたいじゃないか。否、食べるべきだ。
メニューの書かれた壁をじっと睨みつけている私は、マンマと目があった。
目を細めるマンマが、瞳を動かした先に
「お待たせいたしました。モレッティでございます。おつぎしてよろしいですか。」
「ああ、構わん」
大萱は瓶の栓を抜き、グラスに注ぎ、私の前へ滑らせる。
タイミングを失った。
懐が重く感じる。
マンマの視線に、背中に汗が滲む。
大萱は気さくに笑顔で言う。
「ご注文はいかがなさいますか。」
#短編小説
#ショートショート
#トラットリア
#企画
#稲垣純也さんの写真お借りしました感謝
おもしろい企画ですね。
企画の参加って好きです。
短編小説レストラン仕立て
バードボイルドの香りを添えて。
ありがとうございました。