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【第二回絵から小説】君と僕のやくそくは【短編小説】
【短編】君と僕のやくそくは
作 38ねこ猫
君と遊んだ桜の丘の公園は、土地開発でなくなりました。
桜の木も切られ今はもう、あの頃の丘の面影はありません。
ポストに届いた手紙には、いろいろ書いてあって、私の胸を打ったのはこの二行の文章だった。私はずいぶん早くに父の仕事の都合で桜の丘のある街から引っ越したが、よく遊んだ男の子と手紙のやりとりを続けていた。
もう10年。
私は大学へ駒を進めるところまで来た。
手紙の相手も同じ年だ。
私は先月、大学に合格したことをこの相手に伝えた。彼は、春から働くらしい。スーツを着て入社式に行くと言う。
お互い、大人になってしまった。
そう思う。
彼からの手紙は全て大事に保管している。小学生から随分大人になったと筆跡でわかる。
”七海一葉様”
彼の書く私の名前がどんどん整っていく。
返事を書こうか悩む。
私はあの街にもう何年も行っていない。そんな私には思い出の街での出来事に寂しいや悲しいを足してみてもそれは空想でしかなく、その場に居続けている彼とは同じ気持ちにはなれないから。
ただ、ここで途絶えてしまうのはもったいなくて。
便箋を広げて記憶から引っ張り出した思い出を文章に書き起こしてみる。
”春には、一緒に作った砂山に花びらをたくさん撒き散らして桜の山を作りましたね。懐かしいです。”
こんな付け焼き刃な返事をもらって嬉しいだろうか。
私は私の今を手紙に書けばいいのに、あの街にいた時間よりこの街にいる時間の方が多くなってしまっているのに。
大学生になる前に、もし彼に会えたら。
”今度会いませんか”
文章の最後に書いてみた。
私たちは、LINEもやり合わないし、お互いの携帯番号も知らない。
試しにLINE IDを書いておく。
今を語り合いたい。
それが私の本音なのに。彼からの手紙に私はいつも思い出話を返している。
だから少しだけ未来のことを書いた。今の連絡手段を書いた。
実は、それほど遠い距離にいるわけではない私たち。簡単に会える距離だし。記憶を辿ればきっといつだってあの街に行ける。
時間の経過が二人の姿を変えてしまった。
それだけのこと。
”遠藤柊生様”
封筒に宛名を書いた。
便箋を封筒にしまう。
封を閉じる。
自転車を走らせて近くのコンビニに行き、切手を貼って、帰り道にある図書館のポストに投げ入れた。
2日後、LINEが来た。
”いちは?”
アイコンには、
”柊生”と書かれている。
繋がった…そう思って涙が流れた。
手紙の文字以外の彼の言葉。
いくつかのやりとりをして、私は10年ぶりに懐かしい桜の街に来た。
電車を乗り継いでたどり着いたその街は、確かに私の知っている街とは違う。
自分が住んでいたあたりを歩いてみる。記憶と同じ場所もあれば、あったはずの建物がなくなっていたり新しくカフェができていたり…。
このお家は確か農家だった。トラックとか消毒用の車なんかがあった。だけど、もうない。私の知らない間に物置小屋だったはずの場所には緑色の壁の平屋が建てられていて、隣には細い枝垂れ桜がある。
その陰から丸々とした野生味のある黒猫が出てきたかと思ったら、建物のガラスの引き戸から中を覗いている。
しばらくすると真っ白で緑色の目の猫が、ガラスの向こうから甘えた声を出した。
引き戸から見えるその奥に見覚えのあるようなないような男の人がいて他に数匹の猫がいる。
私がこの街にいた頃、ここの家の息子さんは、この家にはいなかった。
あの人はこの家の息子さんなんだろうか。
古い郵便ポストには、”ふじたに”と書いてある。
そう、確かふじたにのおじいさんはイチゴを作っていて、蜂がそっぽを向いて歪になってしまったイチゴを何度かもらったことがあった。
懐かしい。
”ふじたに”の文字の下小さな遠慮がちな文字で”保護猫カフェ 藤谷”と書いてある。
ストレートで流行らなそうな名前だ。
彼とよく遊んだ桜の丘は、場所は確かにそこだけど思い出を忘れてしまいそうなほど、私の知っている姿とは似ても似つかなかった。
桜の木はなくなりオレンジ色のロープのフェンスで囲まれて、全て更地にされてしまっている。敷地に立てられた看板には、高齢者の集合住宅となるマンションの絵が書かれている。
レジデンス桜ヶ丘。
シンボルの桜はどこにも見当たらないのに。
彼と二人で遊んだ砂場は場所も思い出せない。
桜の花びらの散る姿。
目の前の砂山。バケツに集めた無数の花びらをシャベルに集めて砂山にかけて笑いあった。
「ねえ、しゅうくん、約束ね。」
「何?」
「来年の春もおんなじことやろうね。」
「いいよ。」
私がお願いした約束は私が守れなかった。
待ち合わせの時間は午後3時。
駅に戻る。待ち合わせ場所は駅。
私に彼がわかるだろうか。
彼に私がわかるだろうか。
LINEの着信音がなる。
”もうすぐつくよ”スマホに浮かび上がる文字。
電車がホームに入るのが見える。
電車から降りてくるのだろうか。
駅舎のベンチに座りじっとホームを見つめる。
降り立つ人の波。学生が数人。あの中にいるのか。
人の波は駅舎をすり抜けてバラバラと目的地に向かう。あの人はいなかった。
「いちは」
かけられた声に振り向く。
「良かった。一葉だ。」
「柊生くん?」
私の記憶の柊生くんがそのまま大きくなって現れたようで懐かしさが込み上げる。
「…なんで泣いてるの?一葉。」
「だって、ほとんど変わっちゃったから。
私の知ってる街じゃなかったから。」
隣に座る柊生くんが微笑んだ。
「…そう。手紙にたくさん書いてたからわかってると思ってたのに。」
「桜の公園がなくなるなんて。桜も一本も無くなったなんて。」
「よく遊んだよね。」
どんなに大人になっても優しい笑顔が変わらない。
私は、あの頃、柊生くんを独り占めしたかった。手紙でつながる関係がずっと一緒に時を過ごしている気がしていた。
「一葉。猫カフェ見た?」
「藤谷さん家?」
「うん。」
「うん。見たよ。」
「あの桜は、桜の公園の桜なんだよ。」
「…そうなんだ。」
「一葉は、この街があまりにも変わったように思うかもしれないけど…僕は公園がなくなるまで街が変わっていると思っていなかったんだ。手紙に書いたのは、僕がそれを確認したかったからかもしれない。」
ポケットから温かいお茶を出して私に渡してくれる。こんなことができるのは柊生くんが大人になったから。
「桜の砂山は、僕にとっては、胸が痛い思い出だよ。」
「え」
自分のお茶をゆっくり飲み始める。
「僕は、ずっと他の人とは遊びたくなかった。一葉がいなくなった現実が嫌でたくさん手紙を書いた。おぼつかない文字で送られてくるかわいい便箋の手紙がポストに入ってないか毎日確認した。」
柊生くんの言葉をひとつも聞き逃したくない。
ふと目があってにっこり笑う柊生くんを見て私も笑う。
「今日、会えて良かった。一葉が、変わらず一葉だってわかって本当に嬉しい。」
私はあの頃、柊生くんを。
「…柊生くん。約束、守れなくてごめん。」
柊生くんは、あの頃私を。
「いいよ、しょうがない。」
今、やっと会えた、そんな思いが込み上げてくる。
「一葉」
「何?」
人の来ない駅舎には石油ストーブがひとつ。
この街にいた頃、この駅にこんなに長くいたことがあっただろうか。
「また、手紙を出すよ。」
「うん。返事書くよ。」
「桜が咲いたら写真送るね。」
「猫カフェの?」
「うん。」
「…待ってる」
「君と僕の約束は果たせなかったけど。これからもこの街の話を君に送っていいかな。」
二人の思い出はとても美しい。
目の前に広がる淡いピンクの絨毯に二人の笑い声が響いていた。美しい思い出。
「うん。小さな話でも聞かせて欲しい。」
柊生くんが立ち上がる。
「ねえ、一葉。」
「ん?」
「まだ、桜は咲かないけど、猫カフェに行ってみない?」
君と僕とのやくそくは 20220226
#桜 #思い出 #美しい #初恋
#変わりゆく景色 #思い出の景色
#小説 #短編小説 #オリジナル小説
企画参加2作目です。
清世さんのこの絵のかわいらしさ美しさ。
二人の会話が聞こえてきそうです。
書かせていただきました。
お読みくださり、ありがとうございました。
こちらも清世さん企画 #第二回絵から小説
参加作品です。