【短編】笛と太鼓と自転車に
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【短編】笛と太鼓と自転車に
作 38ねこ猫
春。俺の住む町は伝統の祭りがある。
箱崎農村環境改善センターのグラウンド。桜の花が勢いを見せて咲く。ウグイスも鳴いている。よく絵で見る緑の鳥はメジロで、本当のウグイスは、あれじゃない。本当のウグイスを教えてもらってどうして勘違いされたんだろうって思った。
「嫌いだぜ、春なんか。」
カッコつけて仁王立ちをするぽっちゃり体型の圭ちゃん。5歳だ。半ズボンが眩しい。
「なんで?良いじゃん春。」
俺は、大学4年生だけど春は好きな方。
「だから子どもなんだぜ?」
見上げながら言われた。眉間に皺を寄せる姿が圭ちゃんのじいちゃんにそっくりだ。
「そんなことより、ねじねじしてよ。」
俺は圭ちゃんに材料を差し出した。小さな和紙に綿を包んでてるてる坊主みたいにする。ねじった方は広げないでまとめる。綿を包んだ方には赤いインクを染み込ませる。
「つぼみ運べ、圭。」
それは、花の蕾に見立てたものだ。
圭ちゃんのお父さんは雄二さんと言って俺の3つ上。
「だから嫌いだ!春なんか!」
怒りながら、つぼみの入った箱を持って別のグループに届けに行く。いわゆる反抗期だ。
「困ったな、反抗期。」
「踊りは雄二さんに似て素直ですよね。」
「俺の踊りは遊びがなくてつまんねーんだよな。」
「いや、そういうことじゃなくて。」
圭ちゃんは、向こうのグループでも怒っていて、周りの大人に笑われている。蕾は紙で包んだ竹籤に糊付けする。糊付けする間、竹籤を持っていろと言われて怒っているのだ。
「早くやってよ!もう。」
大人たちが沢山いるのにあんなに不機嫌を撒き散らかせるのもなんだかすごい。
子どもはもう、この地区には圭ちゃんしかいなかった。少子化で子どもがいない。
つぼみをつけたら最後に、花弁に見立てた和紙を貼っていく。
これは、桜の花とも桃の花とも言われる縁起物。
この”花”を作るのはいつも桜が散った後、4月の半ば。でも今年は、桜の開花が遅くて、この時期でもまだ八分咲きだった。
伊達市箱崎。
江戸時代から続くまつりがある。愛宕神社の春の祭礼 箱崎の獅子舞。福島県指定重要無形文化財。
うちの地元に脈々と受け継がれる獅子舞は、正月の縁起物のアレとは違う。真っ黒な獅子頭。竜の顔をしている。獅子は3匹、先獅子、中獅子、雌獅子。舞を先導する翁面の半兵とひょっとこ面のささら。これでワンセットだ。
舞の練習は夜で、愛宕山の下の福厳寺に集まる。大学生も俺しかいなくて、みんな30代より上。太鼓と笛を響かせて舞を練習する。
「俺ら婚活しないと、獅子舞やべぇな。」
継承したくても継承する相手がいない。
「彼女ってよ、どうやって作るんだっけか。」
練習が終わっても帰らない。
「マッチングアプリじゃねーの?」
缶ビールと酎ハイ、きゅうりの漬物、豆腐とこんにゃくを囲んでそんな話。
「さえねぇな。」
「まあ、獅子舞は女人禁制だからな。」
「昔の人はどうやって女捕まえたんだろ?」
「……だけど、貞雄さん、結婚してっかんね。」
「なんであの人は結婚できて俺らできねーのかな。」
貞雄さんは、最近来ないけど、半兵をやっていて
「やっぱ、葬式屋って金持ってんだろうな。」
「金な。」
斎場に勤めている。体が大きくて熊みたいで、翁って感じしないけど熟練者が舞うのが半兵だ。
俺はこういう田舎の狭い世界の会話が嫌いだ。
「帰ります」
着替えて、あいさつだけする。
「混ざってけよ、たまには」
「塾の資料作んないと…」
「かっこいいね、先生は。」
「かっこいいんです、俺。」
「ははは。また、明日。」
アルバイトでやっている個別塾の講師。中学の国語を教えている。思春期の中二病みたいな子どもの相手をするのは大変なんだ。世間話に混ざってる暇はない。
自転車を引いて歩く雄二さんが見えた。その横を圭ちゃんが歩いている。雄二さんの奥さんは圭ちゃんを産んですぐ亡くなった。癌だったらしい。
「あ、お疲れさん。」
「お疲れ様です。」
「偉いよな、拓実。」
「え」
「毎年、ちゃんと出てるじゃん。」
「踊り、嫌いじゃないんで。」
「他にもあるじゃん、よさこいとか。」
「あ、大学にやってる人いますね。」
「あっちの方が青春じゃない?」
「別にそういうのは…。」
「サークルとかやらないの?」
「やりません。バイトあるんで。」
「バイトか。就活は?」
「春からは、社員です。」
「塾の?」
「はい。」
「あれ?あの…今でしょ!」
「最近、やってないですよね。」
「ごめん、古くて」
「いえ。」
圭ちゃんは雄二さんの服の裾を掴んで歩いている。その手が、雄ニさんへの絶大な信頼を語っている。
「コイツが真っ白のパンツが嫌いでさ
今のお気にが、パンパカパンツなんだけど
絵入ってちゃダメだろ?」
獅子舞の衣装のたっつけの下は白い下着と決まっている。圭ちゃんは子ども獅子をやることになっていて、下着に苦労しているらしい。
「大目に見てくんないかな、愛宕大権現様さあ。」
「…パンパカパンツとおそろだよって言えばいいんじゃないですか?」
「なんで気づかなかったんだろう。神だな。拓実。」
圭ちゃんにも絶対に聞こえてるのに、圭ちゃんの相談をされることがある。
「俺、あのたっつけ嫌いだったな。中学ん時。なんで、ブリーフ履かなきゃならないんだって、思ってたよ。たっつけが太ももまで切れてるからパンツ丸見えで、嫌だったわ。拓実は思わなかった?」
「俺が中学の時は、オノヤスポーツで白いスパッツを買ってきて…」
「それ、俺が提案したんだよ。」
「神ですね、雄二さん。」
「だろ?だから、パンパカパンツくらい許して欲しいよな。そうなりゃ圭もご機嫌なんだけど。」
「デリケートですよね、パンツ問題」
「それな。」
別れ道に来て二人に手を振った。
まつりの前日、獅子頭を蔵から出す。漆塗りの黒い獅子頭。圭ちゃんのじいちゃんが、獅子頭を整えて、祭壇の前に並べる。
寺に続く道に提灯を飾る。本堂には赤と白の幕をつける
3匹の獅子頭、翁面、ひょっとこ面、子どもの獅子頭を祀って読経をあげて祭りの無事を願う。どんな祭りもこんなことするんだろうか。
ずっと見てきた光景だけどいつも少し緊張する。
目を閉じて読経に耳を傾けている。
バイト先の塾が頭に浮かんだ。
「先生も、獅子舞やるんですか?」
授業が終わって生徒に言われた。3年生の女子だ。
「29日、暇なんで見に行きます。」
伊達中の生徒だから、地元の祭りだってことはわかっているみたいだった。
自分が教えている中学生が自分を観にくるのが、なんとなく嫌だと思う。思春期特有の斜め上の思考回路が俺は嫌いだ。
愛宕山の頂上にある愛宕神社の境内で舞を奉納する。
舞手としては誇りだから邪魔されたくない。
神事中も圭ちゃんは静かだった。花作りの日の反抗期はどこに行ったのか。圭ちゃんは、雄二さんとじいちゃんに挟まれてじっと前を見ていた。子どものくせに大人みたいな顔をして。
法被を着て笛を首の後ろに引っ掛けたまま自転車を漕いでコンビニに夕食の買い出しに行く。
みんな、今夜はお寺に泊まるから。
「後で酒届けるから。」
店長は、毎年お祝いの酒を届けてくれる。
「ありがとうございます。」
「あ、なんだ、拓実か。」
「誰と間違えたんですか?」
「…雄二。いつもそんなカッコして来んの雄二だから。」
「雄二さんは、これから舞うから今日は来ません。」
「拓実は?」
「俺は明日です。」
「雄二によろしく。」
”じゃない感”はんぱないな。
荷物をカゴに入れて自転車を漕ぐ。桜はもうないけど、午後の青空、ウグイスの声が聞こえた。
メジロの気持ちがよくわかる。
ウグイス色は本当はメジロの色だ。でも、今更メジロ色って言えないし。なんだ、お前ウグイスじゃねーのかよ。って、言われてすいません、俺、メジロです。って、謝ったのかな。
知らんけど。
お寺の境内で祭りの始まりを知らせる舞を披露する。
雄二さんの舞は遊びがないって本人は言うけど、獅子頭を被って舞うその姿は雄壮そのものだ。
半兵の貞雄さんの太鼓に合わせて、何人かに混ざって笛を吹きながらその姿を見ている。みんなが期待するのは雄二さんの舞だ。挨拶がわりの六拍子の舞も雄二さんが先獅子をやればみんなの目を惹きつけてしまう。
俺は、どれだけあれに近づけるんだろう。
「お父さん、すげえ。」
圭ちゃんが真似して踊り始める。
「先生、踊ってないじゃん」
1日フライングしてお寺の境内に塾の生徒が見に来ていた。
「笛じゃん」
冷やかすような目だった。上手い人に混ざって目立たない音で吹いていた。
「明日だから。」
「先、中?」
「雌(め)」
「大したことないね。」
そんなことないだろ。どの舞でも結構大事だ。
…別にこの子に見て欲しいわけじゃない。
今この祭りの主役は誰がどう考えても雄二さんだ。
世話役も、若手も雄二さんに期待している。
悔しさみたいなものが込み上げて自分の色をウグイスに奪われたメジロの気持ちが痛いほどによくわかる。
今年も主役になれない俺は、みんなが食べる夕食を用意して頭の中で愛宕神社の景色を思い浮かべていた。
了(約3700文字)
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