10年前のあの日の記憶5
自宅まで、残り20分ほどのところまで来た時、少し膝をさすりながら歩く男性と並んだ。
顔色があまり良くない。
何か声を掛けたほうが良いだろうか…
そう思いながら言葉を探している最中、男性の方から声を掛けてくれた。
「…このあたりにお住まいですか?」
男性は話すことで冷静になりたい、というような雰囲気だった。
「もう少し先のエリアです。勤め先からやっとここまで戻ってきたところで…」
そう返事をすると、
「あぁ、そうなんですね。私も街中に勤めてまして、自宅へ向かうところなのです。妻と連絡が取れなくて…」
彼の自宅は海沿いの町にあると教えてくれた。
このときに感じた複雑な感情は忘れられない。
海沿いの場所なら、やはり津波がきている可能性はある。
けれど、大切な家族と連絡が取れないまま、安全な場所で待っていられない、そんな気持ちがひしひしと伝わってきた。
ぽつぽつと少しずつ会話をし、分かれ道がきた。
「私はこっちなので…。
奥様と会えるように祈っていますね。
お話できて良かったです。
どうかお気をつけて。」
そう伝えると、目に涙がうっすら浮かぶその人は、
「ありがとう。あなたもね。」
そう言って、そのままお互いに歩き続けた。
名前も知らない人との不思議な出会い。
彼や奥様のその後は分からないけれど、10年経った今でも思い出す。
どうか、今も元気に笑っていてほしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕陽が落ち切る寸前、自宅にたどり着いた。
薄暗い中、玄関の鍵を開ける。
まだ、誰も帰ってきていないようだった。
言葉には言い表せない不安感で、ゆっくりと扉を開いた。
見慣れた家のはずなのに、全く別の家に見えた。
薄暗さも相まって廃墟のようだった。
玄関に飾ってあったものは全て落ちていて、陶器やガラスの置物は割れていた。
閉めていたはずの部屋のドアはどれも空いていて、家具が倒れていたり、食器が割れたりしているようだった。
もう日はすっかり暮れて、玄関をあけた瞬間には見えていたものもすぐに見えなくなった。
このままでは動けなくなる。
安心出来るはずの自宅が暗闇に埋まり、得体の知れない不気味さを感じた。
この時点で、まだ携帯は繋がらない。
メールはかろうじて何通か届いていたが、10回送信を試して1回送れる、といった様子だった。
家族は地震発生直後に全員返事をくれていた。
私は扉を閉じて、避難所へ向かうことにした。
サポートしてもらえたら、嬉しいです😊寄付や家族時間の充実に充てたいなと思っています。よろしくお願いします!