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お盆のふしぎ霊体験(ショートショート)【短編集:創作1000ピース,44】

【はじめに】
これはオリジナル短編小説です。創作1000ピース 第44作品目。

 暑い日差しに逆らうように力いっぱい太陽を見上げていたひまわりが、おじぎをし始めた8月の中頃。
 夕暮れには赤く染まったトンボの羽ばたきが空に舞った。時折混じる涼しい空気が秋の訪れを予感させる。

 あれだけ鮮やかだった夏が過去のものへと色褪せていく。

 夏休みの終わりが近づいてくる。


 小学校3年生のユミは8月初旬から母親の実家に帰省していた。お盆のお墓参りが終わったら帰る予定だ。
 特にやることはなく、毎日時間を持て余していた。

 その日は宿題の絵日記を完成させようと、画になる景色を探し散策をしていた。
 夕方の暑さは和らいできたが、まだ真夏。日中の屋外は灼熱だった。外に出るとたった15分でバテてしまう。火照った体を冷ましたくなり、吸い寄せられるように小さな川にたどり着いた。

 小さな橋がひとつかかる程度の川幅で、水量は多くない。石の間を細い水が流れていた。

 ユミはどうしても水に触れたくなった。

 祖父母と母に川原には近づくなと言われていたことを思い出す。躊躇したが、そう言われると行きたくなる。

 小さな川だから、大丈夫だろう。きっと安全だ。恐れることはない。
 水が枯れ、小石が露出しているところまで下りてみた。
 水流は思っていたより勢いがある。涼しげな水音は心地よく、癒やされた。

 水辺ギリギリまで近づき、水流に手を浸した。手を出したり入れたりを楽しんでいると、水の底で何かが光った。

 乳白色の石だった。光にあてると透けて見え、楕円形の淡い影ができた。

 お宝だ。

 ユミはワクワクと胸が高鳴った。
 キュロットスカートのポケットに仕舞い込み、祖父母宅に戻った。


「ユミ、スイカ食べる?」

 スイカを運んできた母は和室で寝転んでいるユミに声を掛けた。

「どうしたのその石」

 ユミは拾った石のことが気になり、ずっと眺めていた。

「川原で拾ったの」
「へぇ」
「こんなに綺麗な石が落ちてるんだね。自由課題は川原の石を調べるやつにしようかな」

 母は不思議そうに石を見た。

「これ、クオーツじゃない?」
「クオーツ?」
「水晶よ。天然石だけど、自然にそんな綺麗な形にならないわ。誰かの落とし物じゃないの?」


 ユミは母の言葉を気にしていなかったが、その晩不思議な体験をした。

「…して…」

「かえ…して」

 夢の中か、現実なのか。薄気味悪い声が「返して」と囁き続けていた。

 目を強く瞑った。耳を塞ぎたい。どうやって塞ぐんだったか。体の動かし方を忘れていた。

 やっとの思いで寝返りをして片耳を枕に押し付けるが、天井を向いた耳に不気味な声が流れ込んでくる。男のものか女のものかもわからない。か細くて消えそうな声なのに、はっきりと聞き取れた。

「返して」


 気づくと朝になっていた。

 嫌な汗をかき、枕元はじっとりとしていた。
 差し込む夏の日差しがユミの頬を照らしている。その光は清々しく、頭の片隅に残るおどろおどろしい景色を消し去るほどだった。

 夢だったのだろうか。

 昨日と変わらない田舎の朝にユミは安堵した。母親が誰かのものではないかと言うから、悪い夢を見たのだろうと。

 それでもユミは昨夜のことが忘れられず、なんとなく心地が悪くなっていた。水晶を持っていること自体、気味が悪くてしょうがない。

 戻してこよう。

 早々に朝食を済ませたユミは母親に告げて、川原に向かった。


 ユミが到着した時、そこにはすでに誰かがいた。
 白いシャツを着た男性が水流をじっと見つめている。

 水晶を返すことに気がいっていたユミは男性の存在を視認しただけで気に留めていなかった。足元に気をつけながら、ゆっくり土手をくだり、水晶を拾った川辺まで行く。

 水の中にそっと握った手を下ろした。手を開くと、水晶が水の中でキラリと光った。

 その時だった。

「やっと見つけた」

 誰かが背後で呟やいた。先ほどユミが見た男性だと思う。周辺視野に白いシャツがぼんやり映る。

 気配のないところから突然声がして驚いたユミは水晶を強く握りしめた。男性との距離は少し離れていたと思う。それなのに、いきなり背後にきた。ユミは振り返るのが怖くなった。

 その声には聞き覚えがあったからだ。

 どこで聞いた声なのか。思い出したくはなかった。とにかく何も感じないように、息を殺して待った。今は朝、恐ろしいものが出る時間ではない。太陽の光にすがるように祈った。早く去ってくれ、と。

 黙ってじっとしていると、その声はまたユミに語りかけてきた。

「もう少しでここに男の子がくる。その子に渡してくれないか」

 最後まで聞いた後、男性は消えていた。

 ユミは咄嗟に立ち上がってあたりを見回すと、橋の上を右方向に移動する白いシャツの人を見た。

 声をかけてきた男性と同じ人だったか、それとも別の人なのか、ユミにはわからなかった。

 白いシャツの男性も、声をかけられたことも幻だったのではないか。
 そう思えてきた。

 先ほど覚えたヒヤッとした感覚はだんだん薄れていき、まあいいかと川辺にしゃがんだ。
 握った手にはまだ水晶の感触がある。川に返そう。


 川の中に手を入れた時、同い年くらいの男の子がやって来た。

『もう少しでここに男の子がくる』

 先程の声を思い出した。

 ……まさか。

 ユミは不思議に思ったが、男の子に向かって勝手に足が動いていた。

 男の子は川辺に花束を手向け、手を合わせて拝んでいる。
 彼が頭を上げたところで、声を掛けた。

「あの、これ」

 顔見知りではないユミに声を掛けられ、男の子はびっくりしていた。ユミが手を開いて水晶を見せると、さらに目を見開き驚いた。

「男の人が君に渡してって」

 男の子は一瞬ハッとした後、柔らかな表情に変わった。

「ありがとう。ぼくの宝物なんだ」

 ユミの手から水晶を受け取ると、こう付け加えた。

「お父さんからだね」

 きゅっと、胸が締め付けられる感覚がした。ユミは返す言葉がなかった。

 この子のお父さんはもうこの世には居ないんだ。
 そう悟った。

「君、ここの人じゃないね?」
「うん」
「それなら注意して。急に増水して流れが変わる時があるから」

 そう言い残すと男の子は去っていった。ユミは橋を右方向に向かっていく男の子の姿を見届けた。

 きっと、お父さんは男の子の家に帰っていることだろう。水晶を見つけるまで川原から離れられなかったのかもしれない。

 ユミは手向けられた花束に手を合わせた。

 大事な人を思いやり、大事な人と共に過ごすあたり前の時間が長く続きますように、と。

 顔を上げたユミは家の用事を思い出した。
 今日はのんびりはしていられない。母の実家のお墓参りがある。
 急いで川を立ち去った。

 帰り道、ユミは提灯を下げた人々とすれ違った。

 まだ見ぬご先祖様に思いを馳せながら、帰り道を急ぐ。

 わたしを見守っていてください。
 そう強く願った。


 閲覧ありがとうございました。
 ホラーだけどやさしいお話を目指しました。
 冒頭の夏の終わりの描写を書きたくて、思いつくままに書き綴りました。そうしたら、やさしい怪談話になりました。

*** 創作1000ピース ***

 たくさん書いて書く練習をするためにまずは1000の物語を書く目標を立てました。形式は問わず、質も問わず、とにかく書いて書いて、自信と力をつけるための取り組みです。

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