佐橋と音楽1 宮川泰

注:この記事は多分大きな虫食いが沢山ある記事になると思います。

2020/1/22時点で好きな作曲家は、
宮川泰、冨田勲、伊福部昭、冬木透、宮川彬良、鷺巣詩郎、川井憲次、梶浦由紀。
時々エマーソン・レイク&パーマーやメイナード・ファーガソンを聴いたりするが洋楽はあまり聴かないし、外国人の音楽家は名前が覚えられなくて日本人のアーティスト、作曲家みたいに「この人好き!」となる人が少ない。

多分上記の作曲家の中で一番思い入れの強い作曲家は圧倒的に宮川泰だろう。
彼の旋律は全てが楽器と音階の会話で成り立っている。
口笛で吹いてみると一発でわかる。
こっちの楽器がメロディをやったら次の楽器がメロディをやって次はそっちあっちとリレーのように主旋律が流れていく。
だから鼻歌や口笛で歌いやすい。
そして何より音数が少なく洗練されているから曲が頭に残りやすい。
私には採譜の才能が無いから出来ないが、耳コピで採譜する場合は入門曲のような楽曲ばかりなんだろうと思う。

「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」、これは私の人生で最も思い入れの深いアルバムだろう。
以前書いたように中学の頃娯楽を禁止されていた私だが、唯一音楽だけ、iPodだけは取り上げられずにいた。
だから当時最大の楽しみは夜寝る時、「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」を最大音量で聴きながら眠りにつくことだった。
時々私の腕は宙を舞い、指揮を振っていた。
「宮川先生はこんな風に振ったに違いない!」と妄想しながら腕を振っていたのだ。

オタク英才教育を受けていた私だが、
中学の時にヤマトに完全にハマったのは、
中学の部活の音楽部で「宇宙戦艦ヤマト」を演奏する事になった際家でVHSを見直したのがきっかけだった。
VHSでヤマトの最初の劇場版を見て、
「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」をiPodに取り込みそれを自由な時間はずっと聴いていた。
ヤマトの世界にのめり込めたのは音楽が自分の心の一番深くまで響いたからだったのだと思う。
中でもやはり「誕生」を聴くと当時中学2年の自分の記憶が蘇ってくる。
ヤマトの感動はこの曲から始まったんだ、と。
何度も繰り返し見てきた「劇場版宇宙戦艦ヤマト」の絵をさらに曲に乗せて自分の頭の中で再構築していった。
「宇宙戦艦ヤマト2199」が制作されるまで、
僕の中では「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」を聴きながら脳内で流れるヤマトの映像こそが最高のヤマトだった。
自分がSFを作る時、この「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」の感動を再現、
いやそれ以上の体験ができる音楽が無いと成立しない、そう思った。

「多元追憶ストライクエンゼル」を作る時、音楽は実の弟佐橋潤氏に依頼した。
ヒリュウのテーマ、オープニング曲を制作する時、
彼に渡したメモの最後に一言こう添えた。

「ヤマトを、宮川泰を超えてくれ」

と。

そしてヒリュウは発進した。

多元追憶ストライクエンゼルオープニング

(次回音楽を語るときは冨田勲について語るかもしれない)

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