私(satomi)ができあがるまで…①
出産予定日より2か月も早く、2100gでこの世に生まれ落ちた私は、出産からすでに奇跡的な誕生だったかもしれません。
当時(50年前)は、保育器もそんなに普及していなくて、妊娠中毒症になりかけていた母親から、2500g以下の低体重で、おまけに足から生まれてきた私は、母親や親戚から、長く生きられないかもしれないと思われていました。(早産のためお腹の外の世界に適応できなくて、亡くなったり、逆子だと脳や目に障害が残ることもあるらしいです)
そんな状態で生まれた私は、あまりに小さく、母乳やミルクを吸う力もなく、母の実家の3畳間に、座布団の上にぽつんと置かれていました。
生きること誰もが諦めているようなそんな状態。大きな病院にいるわけでもない、今にも力尽きてしまいそうな未熟児の私。
今となっては、詳しいことを聞ける母親は亡くなっているので、本当かどうかわかりませんが、ずっとそう聞かされて育ってきたので、たぶん事実だと思います。
誰もがこの子は生きられない、もうダメだと思っている、そんな諦めたような空気感が漂っていました。
近所の町医者の先生が訪問診察に来て、「この子は心臓が強いから、大丈夫!」とそれだけ言い残して帰っていった…というエピソードは、成長するたび、大人になるまで語られました。
それから、どんなふうに育っていったのかは、誕生時の状況があまりにも強烈だったため、あまり聞かされたことがなくて、詳しくはわからないのですが…
私としては、自分のこの世への誕生は、やっぱり奇跡に近いのかなぁと勝手に感じています。周りからそのように聞かされてきたから、奇跡だと思うのかもしれません。
(大人になってからも、私の顔を見るたびに、「こんなに大きくなって…」とか「一時はどうなるかと思ったんだよ」と口を揃えて言われました笑)
この世に生まれて、そして生きていく必要があったのではないのかな…と。まさに生かされている感じですね。
私が頑張ったのか、親が頑張ったのか、どちらにしても、自然の流れ、運命のままに、ただ生かされてきただけだと私は思っています。
人の誕生は、自分で望んで生まれてくると、よく聞きます。
母親と父親を選んで生まれてくるとか、誕生の順番を選んでくるとか、日にちを選んでくるとか…
それがもし本当なら、私は、奇跡的な状況を選んで生まれてきたことになります。生きられるか、どうか賭けのような誕生です…笑
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